第2話

09.


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 その後、報酬を分けたり、再びアレクシアさんが追加報酬の件で主催者側に噛み付いたり、一悶着が終了した後。すでに時刻は午後3時半を過ぎている。

「あの、私達はどこから帰りますか?正規ルート、とかいうやつで帰った方が良いですかね……」
「並んでるわよ。エレベーター。あたし達はあたし達で帰った方が良さそうね」
「というか、何か揉めてませんか?一向に人が流れて行かないように見えますけど」

 チラ、と夜の谷底に一つしかないエレベーターを見る。機械の国出身で見慣れているからこそ言えるが、あれは大きなコンテナを積み込めるくらいのサイズがあるエレベーターだ。即ち、広場に集まっていたメンバーなんて大体2から3往復くらいで全員運び出せるはずである。
 にも関わらず、エレベーターの前で人が詰まっている。心なしか、怒号のようなものまで聞こえて来るので何かトラブルでもあったのかもしれない。

「止まっちゃったんじゃない?良いわ、あたし達まであそこで待っていたら迷惑になるし、混乱に乗じて撤退しましょ」
「随分とまあ、良いタイミングですね。俺達を地上に帰すつもりなんて、最初から無かったのかもしれませんよ。それなら大盤振る舞いの報酬にも納得がいく」
「え?それは何を言いたいんですか、エーベルハルトさん」

 まるで全てを理解し、納得したように頷く戦闘狂にそう尋ねてみると、彼は薄く微笑んで小さな声で答えた。

「だって、与えた報酬を回収するのであれば、幾ら手元から金が無くなろうと関係無いでしょう?討伐するだけさせて、後はこの谷底から外へ出さず、金を回収した上で金品も強奪する、という魂胆なのでは?」
「あ、あー!それなら利益も出るし、一石二鳥ですね……!銀粉使わない方が有利、ってわざわざ私達に言って来たのも納得出来ます。回収するから、か!」
「そういえば使わなかったわね、銀粉。あれって何の意味があるのかしら……今思えば謎アイテムだわ」

 おい、とラルフさんが口を挟んだ。彼は現状に全く関与する気は無いようで、代わりに私への忠告の言葉を口にした。

「エーベルハルトの言う事にも一理あるが、他ギルドの連中を助けようとは思うな。サークリスがそうであるように、ギルドには連合からのはみ出し者が集まる。『瞬間移動』のように幾らでも稼げる技能を明かすのは危険だ。それに、エーベルハルトではないがモルフィは十分に怪しい。奴の前ではっきりと技能を使うのは危険極まりないので、触れないのが吉だろう」
「や、別に助けようとは思ってないです、はい。私だって、私の命が最優先なわけですし……多少、後ろめたい気分はありますけどね」

 そう、後ろめたい気持ちは勿論ある。出来れば、待たされるのは可哀相だ、とか言って全員を地上へ運んであげられればその方が絶対に良いだろう。けれど、私にそんな勇気は無かった。稀少な技能を持つ人間が、その技能を惜しげもなく使った末路は想像が出来るからだ。人間、誰しもが善人ばかりとは限らず、この荒んだ世の中では心も荒んでいる人だって多い。触れないのが一番利口なやり方だ――
 はいはい、と取り纏めるようにアレクシアさんが手を叩いた。

「ラルフ、あんたの話は長すぎるわ。とにかく、一度ギルドへ帰るわよ。そういえば結局、スケルトンのせいで昼は抜きだったし――ま、5時くらいに昼と夜兼用でご飯でも食べればいいわね」

 アレクシアさんが私の腕を掴む。現実に引き戻された私は、モルフィさん達の視覚に入らない場所を探し、踵を返した。

 ***

「……おや。優勝ギルドはどこへ行きました?」
「先程から見当たりません。帰られたようで」

 へぇ、と呟いたモルフィはチラ、と未だ止まったままの――止めたままの状態のエレベーターに視線を移す。壊れて動かない、という事になった機械の箱の前にはまちまちの人がいて、いつ直るかとピリピリした空気が漂っていた。
 隣に立っているメイドが「どうされますか」、と無機質に尋ねる。それに対し、モルフィは首を振って何もしなくていいと答えた。

「散財する羽目になってしまいましたし、スケルトンロードを討伐しうる程の素材でしたが……追い縋るのも美しくありません。良いでしょう、見逃します」
「よろしいので?」
「ええ、構いません。金など……何度かこれを繰り返せばすぐに倍になる。というか、我々に財産など必要ないでしょう。幾ら無くなろうと困る事ではありません。それにしても……いるのですよね。人智の及ばぬ存在である我々の智にも及ばぬ方法で……ここへ来、当然のように帰って行く方達が」
「技能では?……ですが、過去にたった一人だけ。ロープを伝って降りて来、そして登山の要領で壁を上って帰った方もいらっしゃいましたが」
「いましたねぇ……彼、お元気でしょうか?」
「もう、70年も前の話ですよ。お亡くなりになられているかと」
「ギリギリ生きているような気が……しないでもないですし、普通に元気の可能性も……」

 主人とメイドの話は、業を煮やしたギルド員の抗議の声によって遮られた。

 ***

 いつも通り、サークリスギルドの裏に着地する。3時くらいなのでまだまだ太陽の光が照り付けているが、酷く久しぶりに日光と対面したような気さえして感慨深い気分に陥った。

「ミソラ。あたし達はこれからギルドマスターに依頼の終了を報告しに行くけど、あんたはどうする?」
「私は今からコハクさんに会って今日の成果を確認してきます」
「そうね。それが良いわ。じゃあ、パーティはここで解散しましょ」
「はい、今日は有り難うございました」

 アレクシアさん達にお礼を言った私は足早にその場から去った。ラルフさんの事も気になるが、これ以上余所のパーティに気を遣わせるのも、むしろ私自身の胃に負荷を掛ける事になりかねないからだ。この引っ込み思案な性格、いつかは治さなければ。
 中へ入ってみれば、コハクさんは退屈そうにカウンターに座っていた。明後日の方角を見ているので、特に仕事も無い事が伺える。地方ギルドなんてそんなもんだろう。

「コハクさーん、帰って来ましたよ」
「早かったね。あの面子だから、もっと掛かると思った。依頼二股とか」
「さすがにアレクシアさん達も、そこまでアグレッシブじゃないですって……」
「そう?それで何の――用かだなんて、訊くのは野暮か」

 言うなり、コハクさんの双眸が輝く。わくわくしながら解析結果を待っていた私だったが、それはコハクさんの小さな溜息で急速に萎む事となった。

「残念だけれど、特に新しい技能が習得出来たわけではないみたい。相も変わらず、もう少しで習得出来るって程度よ」
「あー、そうですか……いや、そんな気はしてたんですけどね」
「何故?」
「だって私、今回の依頼ってダンベル運んだり、回収した道具を乗せる為の荷台持って来たり、いつも通り雑用でしたし。まあ、だからと言って他に何が出来るかって言われると、何も出来ないんですけどね」
「身の程がよく分かってるじゃない」
「冷たい!んー、やり方を変える必要があるのかもしれませんね」
「そうね。それで、この後はどうするの?」
「疲れたんで、家に帰ります」

 こうして、たまの休日は何の実りもなく過ぎ去って行った。いつもの事なので大した落胆は無いが、それでも何とはなしに無駄足を踏んでしまったようで時間が勿体ないような気はする。