第2話

04.


 ゆっくりと歩き出したモルフィさんはところで、と不意に口を開いた。

「正規の道には途中に案内を置いているのですが……極々稀にいらっしゃるんですよね、どこから来たのか分からない客人が……差し障りなければ、わたくしにもどうやってここへ来たのか教えて頂きたいのですが」
「正規の道?そんなものがあるのか、ここに」

 ラルフさんの尤もな質問に対し、モルフィさんはクツクツと嗤った。

「ありますとも。でなければ、我々も地上へ出る事ができないでしょう……?谷の西側に機械の国に依頼して造っていただいた――エレベーター、でしたかな。その機械で上下移動するようになっているのですよ」
「な、成る程。俺達は反対側から谷を見下ろしたから気付かなかったのか」
「ふぅむ……ご覧の通り、この街は谷底にあるのでね……どうやって降りて来られたのか、やはり訊いても構いませんか?コストの掛からない移動手段を模索していましてね」

 上手い事ラルフさんが話を逸らしてくれたが、モルフィさんにより無理矢理話を修正される。どんだけ気になってるんだ。
 しかし、ここで物珍しげに周辺を見回していたエーベルハルトさんが上手い事助け船を――

「すいません。うちの機密事項なのでお答え出来ませんね。どうしてもと言うのでしたら、三途の川の渡り方くらいはお教えしますよ」

 暴言!いっそ清々しい程の暴言。元々からかなり物騒な気質というか、邪魔する者は物理的に排除するという思考回路の人物ではあったが、さすがにダイレクトな発言過ぎる。
 しかし、モルフィさんは大人だった。それを冗談と受け流し、寛容に笑う。

「そうでしたか、大変失礼致しました……ああ、広場に着きましたよ。もう来られる方もいないでしょうし、そろそろ始めましょうか」

 モルフィさんが広場、と言ったところは端的に言えば確かに広場だった。しかし、広場とは言ってもただ広い何も無い空間が広がるだけで、私が思い浮かべる広場とは様相が異なる。遊具も無ければ芝生も無い。柵も無いし、最早どこまでが広場なのか分からない。

「何よ、言う程集まってないじゃない。優勝はいただきね」
「甘く見るな、アレクシア。少数精鋭の手練れという可能性もある」

 広場に集まった人の数は私達を入れても20人ちょっとくらいだろうか。ギルド毎に分かれているらしく、塊の数は全部で6つ。これだけ見ると6ギルドしかいないという事になる。
 そんな中、先程まで私達の道案内をしてくれていたモルフィさんが女性と話している姿を発見した。女性の方は――メイドか何かなのだろうか。長いエプロンドレス、黒い髪をきつく結い上げ、頭にはレースのカチューシャを着けている。その顔色はやはり悪く、もっと言うと表情が抜け落ちた人形のような人物だ。

「旦那様がお連れしたギルドをあわせると、6つのギルドがこの場に集まっております」
「そうですか……エントリー数に届きませんねぇ。本来なら9ギルド来ているはずなのですが。飛び込みもあわせれば、もっと数が増えると思っていたのですがね。まあ……そういう事もあるでしょう。あれを持って来なさい、そろそろ始めなければ……」
「かしこまりました」

 会話を終えたメイドが恭しく一礼し、広場を抜けて出て行った。というか、主催者のような人がモルフィさん以外に見当たらないのだが、この人が全員分の報酬を支払うのだろうか。
 と、モルフィさんがマイクを持って口を開く。少しだけ騒がしかった周囲が一瞬で静まり返った。

「始まるみたいですよ!」

 親切心からみんなに教えてやったが、先程までお喋りしていた一同はすでにモルフィさんの言葉を待っているようだった。これだから切り替えの早い大人って奴は。

「えー……まずは討伐依頼のルール説明を致します。数がそこそこいるので……怪我人を出さない為、或いは投資者の悪戯な出費を防ぐ為にルールは厳守する方向でお願い致します。勿論、ルール違反者は……即報酬獲得資格の喪失、及び然るべき処置を施させていただきますのでご了承下さい」

 ルール、とエーベルハルトさんが顔をしかめた。彼はルールに厳格な方だが、如何せん力が強いので「他者を怪我させてはいけない」、だった場合、意識せずとも怪我人を出してしまう恐れがある。彼はうっかりで決まりをあっさり飛び越えてしまう人物なのだ。
 そんなエーベルハルトさんの不安を余所に、モルフィさんが続いて『ルール』とやらの説明を始める。

「依頼の趣旨ですが……アンデッド系の討伐です。不死抑制の銀粉は案内にあった通り、こちらで配布します。えー……1日目の時点で質問が多かったので先に説明しますが……差し上げた銀粉を回収する事はございません……使わずともアンデッド系の討伐が可能であれば、地上へ持って帰って貰っても構いませんので……どうぞお好きにお使い下さい」

 ――銀粉の転売を認めるのか。
 それは意外な判断だと言えた。銀粉と言えばとにかく、庶民には手が出せない程値の張るアイテムだ。1グラム、1万5千ルニ。これだけあれば本が数十冊は買えるし、場所によっては1月分の食費にもなる。
 故に、使わなかった銀粉を回収するのは道理だ。使わなかったギルドには報酬上乗せ、くらいしたってお釣りが出る。であるにも関わらず、回収をしない。まるで「使わない方が好ましいが、夜の谷底には利益は無い」という矛盾を孕んだルール。ギルド側の人間しか得をしない。

「続いて……報酬のルールですが、討伐数が一番多かったギルドに多くの報酬を支払います。えー……ギルドがたくさんあるので、まあ、隠さず言うとサボり防止ですね……こちらも、タダではありませんので。勿論、皆様が仕事をしない報酬だけを貰いに来た悪質詐欺団体だとは思っておりません……あくまで、催し物としてお楽しみ下さい……」

 言葉の端々に棘があるのにも関わらず、どこか余裕の態度。困ってギルドを呼んでいるはずなのに、あまり必死さを感じないのが少しばかり不気味だった。まさか、金持ちの娯楽に付き合わされているのではないだろうな。
 などと考えているうちに、先程まで姿を消していたメイドが帰って来た。手には銀のトレーを持っている。トレーの上には白い紙に包まれた――恐らくは不死抑制の銀粉が乗っていた。
 それを――ギルドではなく、一人に一つ手渡していくメイドに戦慄すら覚える。銀粉をそんなに大量に提供して破産しないのだろうか。それとも、夜の谷底には金脈ならぬ銀脈でもある?そんな馬鹿な。
 そうこうしているうちに、例のメイドが包みを一つ手渡して来た。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……」

 包みを受け取った際、一瞬だけ指先にメイドの手が触れた。ゾッとする程体温の無い、氷のような手だった。末端冷え性なのかもしれない。
 不死抑制の銀粉が全員に行き渡ったのを確認したモルフィさんが、最後に場所の指定をする。場所は先程うっかり私達が着地してしまった墓地周辺、地図を各ギルドに1枚ずつ配布するそうだ。

「地図を貰って来る。これを持っていてくれ」
「わっ!?あ、はい」

 ラルフさんから投げ渡された銀粉の包みをキャッチ。周囲のギルドもまた、何となくメンバーの代表のような人物をモルフィさんの元へ送っているようだった。

「こんなにたくさん銀粉が……うふふ、これ、なるべく使わずに依頼を終えるわよ!」
「おや、アレクシアさん。随分とやる気ですね」
「勿論!報酬に加えて銀粉を売り捌けばかなりの儲けになるわ!何としてでも、アンデッドを狩り尽くして金持ち生活を謳歌してやるんだから!」
「それは結構ですが、まかり間違って貴方がアンデッドの仲間入りをしないようにして下さいよ。助けませんからね、銭ゲバなんて」
「ふん、あんたの助けなんて必要無いわ。あまり舐めてると痛い目見るわよ?」

 不気味に笑うアレクシアさんの横ではエーベルハルトさんがボンヤリと真っ暗な空を見上げている。アンデッド系なんて上位種以外は雑魚に他ならないので、彼としてはあまりやる気にもならないのだろう。根っからの戦闘狂なのだ。
 などとやっていると、ラルフさんが帰って来た。帰って来て早々、私に地図を差し出して来る。

「ミソラ、俺達のスタート位置はここだ。着き次第、依頼を開始していいそうだから建物の裏にでも回って連れて行ってくれ」
「あ、了解しまし、た!」

 ちら、と地図に視線を落とす。赤ペンで丸を付けた場所が私達のスタート地点らしかったが――それにしても墓地、広すぎやしないか。街の半分くらい墓地なのだが。