10話 無神論者達の教会

06.待ち伏せ・上


 ***

 ドラホスに連れられて中へ戻って来た。端の席に座り、小声で本日の成果を伝える。

「えーっと、ド素人の意見なのであまり真に受け過ぎないでくださいね、ドラホスさん」
「重要な意見として聞こう。どうだろうか、教会は?」
「端的に申し上げるととっても近づき難い、お堅い雰囲気です。何でしょう、住む世界が違うっていうか……近付くだけで萎縮してしまう空気感があります」
「そうか……。具体的に改善できそうな場所はあるか?」
「内装についてはとやかく言えませんけど、とにかく入り口。入り辛いです。言われるまで信者でもない一般人が自由に出入りしていいのかすら知りませんでした。話しやすそうな人とか配置した方がいいかもしれません」

 あと、と私は話の落とし所を探す。宗教が絡んでいるので下手な改装は勧められない。当たり障りの無い、信仰とは無関係の場所を改善案として提出したいものだ。

「――教会の中でとは言いませんが、外の綺麗な庭で季節ごとのイベントとかどうでしょう? そもそも信者でも何でも無い人って、多分教会へ来る事自体が無いと思いますから」
「成程、それは良い案だ」
「私みたいな一般人から提案出来る事はこのくらいですかね……。役に立ったかは分かりませんが、私は相談員なので……。企画とかお願いしたいのならギルドのメンバーにお願いしますよ」
「勿論だ。今日は連れ回して悪かったな」
「いえいえ、困った時はお互い様です」

 この後、夕方までドラホスに色々な話を聞いてから帰路に着いた。

 ***

 ――今日は本当に教会関係者に会う日だと思う。恐らくだが、主要なギルドにいる教会関係者には今を以て全員に遭遇したのではないだろうか。

 大きな正門から一歩外へ踏み出した私は思わずその足を止めた。無視など出来るはずもない。
 先程から執拗にタブレットを狙ってきたシリル。どうやらその保護者らしいサイモン。そして顔も名前も初めてみる女性――3人組がお待ちかねしていたかのように出迎えた。全然頼んでない。

 嫌すぎる邂逅に冷や汗を流していると代表と言う体でサイモンが口火を切った。その顔には胡散臭い爽やかな笑みを浮かべている。女性信者をイチコロにする涼しげな目元は不思議と視線を惹かれる何かがあった。

「やあ、相談員さん。待っていたよ」
「……何のご用でしょう?」

 問いに対し何らかの言葉を返そうとしたサイモンをしかし、それまで黙っていた女性が遮った。
 赤毛の長髪を固く一つに結い上げ、切れ長の目が印象的な強そうに見える女性の代名詞のような人物だ。彼女はその印象に違わず固い声音で強制力を秘めた言葉を紡いだ。

「黙っていろ、サイモン。お前はこう、謝罪には向かない顔をしている」
「顔? 困ったな、親から貰った顔は繕いようが無いのだけれど」
「いやもう喋るな。声も胡散臭い」
「はは、手厳しいね」

 仕切り直すように態とらしく女が咳払いした。射貫かれそうに鋭い双眸が私へと向けられる。思わず背筋を正した。

「待ち伏せのような真似をして悪かった。私はエルヴェ。教会の運営に携わる者だ。まあ、現状においては関係の無い話さ」
「え、はあ……」
「先程はうちのシリルが失礼な振る舞いをしてすまなかった。イレーモ殿から話は聞いている。怪我などはしていないだろうか?」
「ええ、はい。大丈夫です」
「何か困り事は無いか? 詫びに出来る事であれば手伝おう」

 ――何を言い出すんだこの人は……。
 彼女、エルヴェについては全く知識が無い。少なくともサツギルのゲームにおいては未登場のキャラクターだ。とても自我がハッキリしているのでモブではないと分かる。
 が、サイモン達と連れ立っているとなれば彼等と関わりがあるのは簡単過ぎる方程式。彼女にも関わらない方が良いと脳が大きな警鐘を鳴らしている。つまり、甘言には乗らないのが吉。

「いえ、困っている事なんてこれっぽっちもありません! 間に合っています!」
「……そう。そうか。野暮な事を聞いた」

 チラ、と彼女の後ろに控えているサイモンを視界に納める。彼はいつも通り、思考を汲み取る事が不可能な胡散臭い笑みのまま。機嫌が良さそうでもあり、非常に機嫌が悪そうでもある。
 一方でシリルの方は反応が顕著だった。肩を竦め、「あーあ」と小さく溜息を吐いているのが見える。やはり今の甘言には深い裏と闇があったのだろう。