6話 大海を征するもの

03.シャルネの浜辺


 ***

 あれよあれよという間にシャルネの浜辺に到着した。
 限りなく白っぽい砂に、遠浅によってどこまでも浅瀬が広がる美しい海。しかし、シーズンにも関わらず海水浴客の姿は見受けられなかった。

「それじゃあ、まずはクエストの確認をしよう」

 一応、ギルドを出る前に確認したが念の為依頼書にもう一度目を通す。

 クエストの依頼者はカルドラという男性。浜辺を守るボランティア団体に所属しているらしい。
 今回のクエスト内容は浜辺に現れる魔物の討伐。あまり見ない魔物が多く、ボランティア団体の方々も疑問に思っているそうだ。最初の内は力を合わせて追い払っていたが、それでは手が足りないとの事で今回はギルドに依頼を出したらしい。

 ――山の魔物が餌不足とかで下りて来ちゃったかな?
 浜辺のすぐ後ろは山だ。海そのものは綺麗な場所だが、言ってしまえば都心部から離れた穏やかな田舎という印象のこの町。人の住む区間が狭いので、それぞれの住み処に関係無く魔物が現れている可能性は大いにある。

 考え事をしていると、不意にシーラが訊ねてきた。

「ねえ、依頼人とはいつ会うの?」
「ここで待ち合わせになっているから、そろそろ現れると思う」

 返事をした丁度その時だった。太い男性の声が響く。

「ああ! お待たせしてすいません!!」

 大声がした方を振り返ると、今まさに石段を駆け下りてくる妙齢の男性の姿があった。首にはタオルを巻き、半袖半ズボン。まさに海の人である。
 走って来た男は息を切らしながら、自身の身分を詳らかにした。

「いやあ、お待たせしました。私が今回クエストをお願いしておりました、カルドラと申します。ギルドの方々ですね?」
「はい。このクエストを受けて、ここまで来ました」

 本人確認の為、依頼書を見せる。カルドラは大袈裟に頷いた。
 早速、現状について聞こうとしたら先に口を開いたのはオルヴァーだ。数々のクエストをこなしているだけあって、質問する口調に淀みが無い。

「それで、現状は? 今の所、魔物の気配は無いが」
「ええ、魔物は人の気配がすると出て来るようで……。お陰で海水浴のシーズンなのに、客を海へ入れられなくて困っているんですよ」
「成る程な。ならば、海水浴客が迷い込んで来る事は無いという事で良いか?」
「はい。皆、魔物を恐れていますので……」

 じゃあ、と静かにしていたシーラが可愛らしく小首を傾げる。

「その魔物、人を捕食するタイプの魔物という事……?」
「え、ええ。恐らく」

 歯切れも悪くカルドラは肯定の意を示した。それに怯んだのはどうやら私だけだったらしい、ドン引きした顔をしっかりとオルヴァーに目撃されてしまった。機嫌も悪く、戦闘民族の眉根が寄せられる。

「おい、貴様問題無いんだろうな?」
「そっちから誘っておいてその聞き方はどうかと思うけれど、ちゃんと鍛えて来たから大丈夫! ……たぶん」

 溜息を吐かれてしまったが、それ以上言及はされなかった。代わり、再度オルヴァーがカルドラに訊ねる。

「依頼人、貴様は俺達が魔物を討伐している間はどうしている? どこかに避難しておくか?」
「海の家にいますよ。何分、私も魔物と戦えるような人間ではないもので……」
「それは良いが、あの建物の中が安全とは限らんぞ」
「そっ、その時は大声を上げますので何卒お助け頂ければ……。一応、浜辺の管理もしているので皆様だけをここへ残す訳には行きませんし。ほら、万が一の事もあるでしょう? その時は私が助けを」
「要らんな。そんな事にはならないが、確かに完了報告が面倒だ。その辺にいろ。何かあれば救助してやってもいい。が、大声とやらが聞こえなかった時は知らん」
「声量には自信がありますので!!」

 恐らくきっと問題無いだろう。人間の私はともかく、オルヴァーとシーラは確かかなり耳が良いはず。石段を下りて来る途中のカルドラの声もバッチリ聞こえたので、聞き逃す事は無いだろう。手遅れになる可能性はあるが。

「では、私は海の家にいますので何かあれば! あと、食べ物もあります。腹拵えもして貰って問題ありませんよ! 何せ、海の家ですから!!」
「ありがとうございます」

 伝えるべき事を伝えたからか、カルドラは足取りも軽く海の家へ向かってしまった。何事も無ければ良いが。