07.大きい者と小さい者
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程なくして猟師に教えて貰ったポイントに到着した。
事前に忠告して貰えていなかったなら、恐らく気付かなかっただろう。仇討ち対象である『山のヌシ』は完璧に地面に擬態している。何も知らずに踏み込めば、やや盛り上がった地面にしか見えなかったはずだ。
――と、不意にぎょろりとした目玉のようなものと視線が交錯する。
「いるぅ! 絶対にいるよ、目が合ったもん今!」
恐怖のあまりそう叫ぶと、マルセルが神妙そうな顔で頷く。
「そうだね。不穏な空気が漂っている……」
「いや、そうじゃなくて足下。あれ絶対に目玉ですって!」
「そうね。貴方の言っている事は正しいわ」
山のヌシ――周囲にやって来た獲物を丸呑みする肉食の魔物だ。とにかくその巨大な口に入る生物は全て丸呑みにする魔物で、それが何の肉であろうと関係無い。魔物であったとしてもさらりと共食いしてしまう危険な生物だ。
私は眼を細めて山のヌシの体長を目で追う。かなり大きい。民間の家3つ分くらいの体長があるし、地面に潜ってはいるが厚みもあるのだろう。
続いて今居るメンバーをチラリと見やる。
私は言わずともがな、山のヌシに傷一つ付けられないクソ雑魚だ。しかし、マルセルとクレールの2人もこの魔物とは相性が悪いだろう。彼等は魔法専門の種族だ。クレールは当然ながら属性相性が悪く、相性の良いマルセルは攻撃に向かないサポート専門。
何がどうなってもヌシ討伐が出来る面子ではない。どころか、新たな餌となってしまうだろう。さてどうしたものか――
「ここは先手必勝だね。気付かれる前に倒してしまおう」
「同感ね。多分、私達の手に負える魔物じゃないし」
「えっ、ちょ、まっ――」
慌てて制止の声を掛けるも時既に遅し。
「アベルの敵だ!」
「キャンセル料返せバカ!!」
――考え無しに突っ込んで行った!!
2人は息もピッタリに魔物へと突っ込んで行った。奇襲と言うからにはもっと綿密な作戦でも立てるのかと思ったが完全に肩透かしを食らった気分だ。
声を張り上げながら駆けていく2人に奇襲もしくは不意討ちという言葉はまるで似合わない。これではただの特攻だ。
まずは素早さが命のクレール。いつの間にかその手に姿を現したレイピアから水の気配が漂う。彼女は魔法と剣技をそれなりに使いこなす器用貧乏感の拭えない戦闘スタイルの保持者だ。
レイピアから迸る水の奔流が山のヌシを襲う。一方で、マルセルがサポート魔法を発動。クレールが使用した魔法の威力が増大する。ゲームだと、確か1.5倍補正とかでなかなか使えたはずだが、現実ではどうだろうか。
「い、行けそうな気がする……!」
――と思っていた時期が私にもあった。
しかし何の事は無い。頭から水を被った山のヌシは少しだけ身を起こすと、全身を震わせた。犬が体毛に付着した水分を払う動きと酷似している。
その瞬間、クレールの水魔法が四散。そもそも攻撃行動を行っていなかったマルセルは引き攣った笑い声を上げてその光景を見ている。
「ちょっと、マルセル! 全然ダメじゃない!」
「うん、多分俺のせいじゃないと思うけど、全然ダメってところには同意かな」
今こそ、一旦退却して体勢を整えるべきだと進呈しようとしたが、2人の諦めは悪かった。それ程までにアベルを仲間だと思っていたのか、と感慨深い気持ちになる反面、焦りばかりが募っていく。
私が出した救援はいつ頃到着するのだろうか。そもそも、救援として受理されているのだろうか。不安ばかりが膨らんでいく。
しかし、悩んでいても仕方が無い。私は初心者用魔道書を取り出した。何とかこの魔法を駆使して、アベル以外の犠牲者が出ないようにフォローしなければ。あのギルドマスターの事だ。面白がって救援くらい寄越してくれるはず。
頭の隅で今後の計画を練りながら、じりじりと動き始めた山のヌシに向かって氷魔法を放つ。体表の一部を凍り付かせたが、ヌシが身動ぎすると同時に薄い氷はパラパラと剥がれていった。どうしろって言うんだ。