06.猟師の教え
案の定、猟師の言葉は全くの無駄となった。
マルセルが力強く拳を握り締める。
「くっ……、よくもアベルを! 俺達で仇討ちに行かないと!!」
「そうね。金目の物はまだ拾える可能性があるし、まあ、パーティを組んでいたよしみよ。敵討ちしてやらない事も無いわ」
――ああっと! これは完全にお礼参りに行く流れ!!
マルセルはともかく、クレールの素直じゃない態度は一周回って賞賛に値する。よくもこのタイミングでお得意のツンデレを発揮出来たものだ。ブレない彼女には感動にも似た感情すら覚える。
ただ、2人ともさらっとアベルが死亡している事を前提にしているのは流石の一言に尽きるが。切り替えが早すぎやしないか。
「だから酒は程々にしろとあれ程言ったのに……。葬式にはビールを箱で供えてやらないと……!」
「毎年、命日には高いウイスキーでも供えてあげれば満足するでしょ。確かアイツ、年期が入ってる酒より安酒の方が好みとか抜かしていた気がするけれど。まあ、強がりよね。強がり」
まずい、葬式どころか命日の話まで始まっている。事が性急すぎて私の方がまるでついて行けない。葬式以前に、死者を悼む事から始めてくれ。
混乱していると、こちらは逆に困惑した猟師のおじさんが口を挟む。そりゃそうだ。彼の話を誰も聞いていないのだから。
「いや、いいから山下りろってんだよ。死体が幾つか増えちまうぞ」
「え、いや、もうこれそういう話の流れじゃ――」
お気遣いありがとうございます、と言って猟師のおじさんを解放してあげたかったが、それは他でもない暴走を続けるマルセルによって遮られた。
「シキミちゃん、君はもうギルドに帰ってくれて構わないよ。俺達の仇討ちに、無関係の君を巻き込む訳にはいかないからね」
「そうね。見た所、貴方そんなに強く無さそうだし。居ても一緒よ」
「ギルドには勇敢な2人がいたと語り継いでおいておくれ」
山のヌシ討伐が無謀である事は本人達も重々承知の上のようだ。しかし、ギルドに救援を出しているので私一人で帰る訳にもいかない。それでは、安全圏にいる私の元へ救援が来てしまう事になる。
なので冷静にマルセルの意見を却下。
「ああいや、乗りかかった船だし、私も最後までお供するよ」
「冷静になってくれ。アベルがやられる程だ。俺達じゃ歯が立たない可能性が高い」
「あっ、どうぞお気になさらず」
「ええ……? 君は何て良い人なんだ……!」
一瞬は困惑したものの、マルセルは手を合わせて目を輝かせている。
「まあ、どうしてもって言うのなら別に構わないわ。……足手纏いなんだから、私の側から離れないでよね」
「りょうかーい」
意外と優しい人、クレール。私のお守りをしてくれる気満々だ。
そんなギルドメンバーによる寸劇を見せられていた猟師が「おい」、と声を掛けて来る。
「もう分かった。山を下りる気はねぇんだな。なら、何人か行方不明者が出てるポイントだけ教えてやる」
「す、すいません」
「いいって事よ。いいか、まずこの位置からずっと東へ行くんだ。そうしたら、山に流れている細い川に出る。その水場ってのがな、野生の動物が往来するポイントなんだよ。で、丁度そこに待ち構えてるってこった」
「成る程。獲物を狩る絶好の場所ですもんね」
「おうよ。くれぐれも足下には気を付けな。あと、奴も生き物だ。移動してるかもしれないが、水場の近くに必ずいるって話だぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ああ。じゃあ、生きて帰って来いよ。案内出来なくて悪いが、俺は山を下りる」
そう言うと猟師は手を振って、先程私達が来た道を下って行った。
「じゃあ、俺達もアベルの仇討ちに行こうか」
少し寂しげに言ったマルセルはしかと東の方角を見据えている。彼もクレールも、精霊という種族なのでまさか山で道に迷う事は無いだろう。