03.店主からの情報
一番説明が上手であろうマルセルが、店主にアベルについての情報を尋ねる。話を聞き終えた店主は頷きを返した。
「ああ、アベルの事なら知っている。うちの常連客だからな。かなり酔っ払っていたみたいだが、店から出て行くのは見たぞ。千鳥足だったが」
「相当、飲んだみたいね。明日クエストって言ってたのに……」
クレールの恨みがましい言葉に応える声はいない。
代わりに店主が新しい情報を提示した。
「あんまり物騒な話はしたくないが、うちの常連が帰ってないんだろ? 何でも、最近は裏山で神隠しが流行ってるらしい」
「神隠し、かい? 何とも非現実的な言葉だね」
マルセルが眉根を寄せる。しかし、店主は渋い顔をしただけだった。あながち嘘の情報でもない、と言いたげである。
「神隠しってのは現象に勝手に付いた名前であって、行方不明者が出てるのは確かさ。現に昨日はうちの町で宿を取っていたらしいアベルが、その宿に戻ってないってのも聞いている」
「よくそんな事を知っているね」
「町は狭いからな。宿を取った客が来ないなんて話し、半日もあれば広まる」
「というか、何故アベルはここで宿を?」
素朴なマルセルの疑問に対し、吐き捨てるようにクレールが答える。
「アイツ、飲む時はしこたま飲むもの。酔った状態で家まで帰るのが面倒だったんでしょ。だったら、飲んだ町で宿取った方が安全だしね」
「へえ。彼とはあまり酒を酌み交わさないから知らなかったよ。酒癖悪そうだし、今後も遠慮しておこう」
――仲が良いのか悪いのか……。
謎の深いパーティとネット界隈で有名だったが、実物達のやり取りもやはり謎に満ち溢れている。本当、何故パーティを組んで一緒にクエストへ行っているのだろうか。
「店主、つまりアベルはかなり飲んでたって事ね?」
「ああ。前後不覚、という言葉がぴったりな状態で店を出たのは保証しよう」
クレールの完璧な舌打ちが昼間の酒場に響き渡る。
一方で私は彼等のやり取りを聞きながら思考の海に沈んでいた。
まず、神隠しの多くは魔物の仕業だ。そういったクエストもギルドへは寄せられる。このポイント、隣街の裏山でよく発生するクエストが『山のヌシ』討伐のクエストなので恐らくはそれだろう。結構レベルが高いので、この面子では討伐は不可能かもしれない。
持っていたダブレットを取り出し、クレールとマルセルのレベルを確認する。初期レベルの、Lv.41とLv.36だ。ちなみにアベルはLv.70あるので最高戦力が抜けた状態となっている。
――うん、これは山のヌシ討伐出来る面子じゃないな。
せめて居てくれたのがアベルだったら余裕があったが、このメンバーではデフォルトでLv.55ある山のヌシを討伐するには些か戦力が足りない。私のレベルはたったの5であるので、戦力外も良いところだ。
一旦ギルドへ戻り、体勢を立て直すべきだと思ったがやはり目の前の彼等は思った通りに事を運んでくれる連中ではなかった。
マルセルが悩ましげな溜息を吐く。
「それにしても、心配になってきたね。ちょっと様子を見に行こうか。アベルも純血の吸血鬼だし、そう簡単に魔物の餌になったりはしないだろうけれど、現状行方が分からないのも事実だからね」
「アイツ、本当に手が掛かるわね」
――あれ!? これはまさか、裏山を見に行く流れ!?
てっきり面倒臭いとクレールが言って、一度帰る事になるかと思ったが、このまま裏山へ突入するつもりなのだろうか。慌てて2人の決定に異を唱える。
「え、正体不明の魔物を私達で相手する事になったら危険じゃないかな? 一度ギルドへ戻った方が良いと思うんだけど」
「俺もそう思うけれど、事は一刻を争うからね。やっぱり俺達は見に行くよ。シキミちゃん、付き合わせてしまって申し訳無いけれど流石にもう付き合って欲しいとは言えないかな」
帰っても文句を言われ無さそうだが、普通に彼等の事が心配だ。
こっそりギルドに救援依頼を出して、2人に付いていこう。これで何かあったとしても、ギルドの救援が間に合って全滅せずに済むかもしれない。
クレールとマルセルが何やら話始めたのを確認し、私はダブレットからギルドへ救援の依頼を送る。まさか、このダブレット機能に助けられる日が来るとは。
ついでにギルドへ自分達の居場所を送信し続ける設定を加える。このダブレット端末だけは世界から隔絶された物品だな、と僅かにそう思った。
「クレールさん、マルセルさん。やっぱり私も一緒に行くよ。折角ここまで来たし、私だけ帰るのもね」
「それは良いけれど、はぐれたりしないでよね」
クレールの言葉に返事をする。さて、都合良く救援が来れば良いが。