1話 相談室開設!

01.前世の記憶


 私はとあるギルドで働いている。
 とは言っても危険なクエストに参加するような業務ではなく、大きなギルドで事務仕事をしている者だ。切れた魔法電球の替えを発注したり、切れ始めている食材の数を管理したり、現地へ行くギルドのメンバーと比べれば安全に日々を過ごしている。
 他のギルドで働いた事は無いが、うちのギルドは個性的な面子が勢揃いしているらしい。昨日もガソリンを撒いたフィールドで爆発魔法を誤って使用した、など目とか耳、更には頭を疑うようなニュースを聞いた気がする。

 メンバーが集うロビーを通りつつ今日の予定を確認する。そういえば、肉料理に使う肉が2セット程駄目になっていたとコックに言われて――

「おい! 危ない!!」

 泡食ったような女性の声で我に返り、顔を上げる。しかし悲しいかな、事務仕事に従事する一般人には唐突に降りかかってきた不運を回避する術など無かった。
 風切り音と同時に丁度頭に横からの衝撃。
 視界が天井へ地面へと揺れ、身体が床に投げ出される。ブラックアウトしていく視界の中で、何故かゴム製のボールが転がっていくのが見えた。おいおいおい、ここ、室内だっつの。

 閉じた視界の中で走馬灯のようなものが頭を巡る。それはギルドでの生活の記憶では無かった。
 両親と住んでいる一軒家、その自室。携帯ゲーム機を持った私はとあるゲームをしている。友人から勧められて始めた乙女ゲーム、『サツバツ! ギルメン恋愛ファンタジーシミュレーション』だ。
 最初は何て古くさい名前の乙女ゲームだと思ったが、それは大きな間違い。戦場に生きるギルドのメンバー達と深める友情であったり恋愛であったり、とにかく奥の深いゲームだった。
 しかも毎月アップデートがあり、新規シナリオや新規攻略キャラが増えるという形式。いくら遊んでも遊んでも終わらない、最高のゲームだったと勝手に評価している程だ。

 本当に名前の通りサツバツとしたゲームで、バッドエンドでヒロインが普通に死亡。RPG要素があり、レベリングもしなければならない。レベルが伴っていないと攻略キャラに逆に殺害されるという、実にリアルな目線のストーリー。

 脳死周回大好き、乙女ゲームで甘酸っぱい思いをするのも好き。ただしノマカプ厨――ノーマルカップリングが好きだった私は、推しキャラのシナリオを攻略できなかった。彼は最初に恋人らしき女性の描写が入るので、横恋慕になるようなシナリオは地雷だったのだ。
 なお、私にこのゲームを進めてくれた友人には4人程ゲーム内彼氏がいた。

 ――あのゲーム本当に楽しかったなあ……。
 一連の走馬灯、現代日本での暮らしを思い出した私の思考は今度こそシャットダウンされた。

 ***

 目を覚ますと医務室だった。
 ボールが当たった頭が物理的に痛い。色々と思い出した事はあるが、これまでギルドで働いていた記憶もある。

「というか……マジでサツギル? えー、嘘、マジ?」

 著しく下がった語彙力でぶつぶつと独り言を繰り返す。しかし、言葉にせずとも分かっていた。もう3年以上、このギルドで働いているのだ。今居るこの世界は、間違いなく例の乙女ゲーム、略してサツギルの世界である。
 これが俗に言う異世界転移――否、異世界転生というものなのか。俄には信じがたいが、夢という訳でも無い。

 意味不明な呻き声を漏らした私は立ち上がった。ギルドの医務室には鏡が常備されている。その中に映り込んだ自分の顔を見て息を呑む。
 このスチルというか、この顔は名前も無いギルド内にいるモブの顔だ。勿論、ゲームの中のモブなのでこんな特徴の無い顔立ちなどと言われながらも、ちゃんと可愛らしい顔立ちだ。

 ただ――この世界のモブは、致死率が非常に高い。
 モブの死亡でギルド問題として取り上げられ、討伐戦に至るというストーリーがたくさんある。どのシナリオでもモブが最低1人は死ぬ、と言われている程だ。モブの死とはストーリー進行上の起爆剤なのだ。

「……まあ、考えたって仕方ないか」

 我ながら楽観し過ぎだとは思うが、そんな事よりやりたい事がある。
 私は本当にこのゲームが好きだったのだ。恋愛に縁の無い女だったからかもしれないが、サツギルは青春そのもの。学校へ行き、帰ってサツギルをし、また学校へ行く。それだけで毎日が楽しかった。

 あらゆる要素を網羅したサツギルだったが、一つだけ満たせていないものがある。それは、ヒロイン以外の恋愛要素が一切無い事だ。というか、攻略対象の個人シナリオとなるので、ルートに入った瞬間から友情出演の他キャラ以外があまり出て来なくなる。
 なので余所様の恋愛事情は全く出て来ない。それはノマカプ厨であり、とある牧場ゲームやら何やらを経た私には許せないものだった。

 ヒロインだけが幸せな恋愛をする世界線などあっていいのか。パートナーを固定してしまえば、他の攻略対象は完全にフリー。彼等や、友人等のポジションにいる別の女性キャラクターも幸せな恋愛をして欲しい。
 そう、サツギルにはノマカプ要素が無かったのだ。

「よし、私は――このヒロイン一強の世界で、縁結びキューピッドになってみせる!」

 割と興奮していたせいか、打った頭が鈍い痛みを放った。幸先が悪い。