3話 唐突な強化合宿

18.思い通りには行かない


 困惑し、狼狽していると同じく顔を引き攣らせた天沢が口を開く。ただし、全く話を聞かず飛び出して行った日比谷にではなく、依織に向かってだ。

「ごめん、如月さん! 悪いけれど、君のスキルで柳楽先生のところまで行って、ここまで連れて戻ってきてくれないかな!? ちょっとこれは、話を聞いてくれる感じじゃないし……!!」
「そ、そうだね! 分かった、行ってくる!」

 日比谷が殴り掛っていったあの男、ここに居るという時点でかなりの不審者だ。日比谷に呼び掛けても聞き入れてくれない以上、教師を呼んで来るのが一番だろう。そして、現状それに最も適しているのは自分自身だ。
 頷き、しかしはたと動きを止める。呼びに行くのは良いが、天沢はどうするのだろうか。

「天沢くんはどうするの? 私と一緒に来る!?」
「ううん、僕はここであの人の足止めをしておくよ。他に被害が出たら困るからね」
「分かった、すぐに戻るね!」

 ――鈴音ちゃんとか、そっち系にこの人が向かって行ったら大変な事になりそう。
 瞬時にそれを判断し、疲れるとか言っている場合でも無いのでまずはスマートフォンを取り出した。今朝、担任が急に連絡機器を持っていろと言ったので常備していたスマホ。それで柳楽に空メールだけを送った。
 それが送信されたのを見届け、慣れた挙動で『瞬間移動』のスキルを起動させる。一度だけ日比谷の方を視た依織の視界から一瞬前まで見えていた光景が消える――

「黒澤」

 こちらをちら、と見た不審者の男の口が小さく動いた。同時、スキルを起動する感覚とは別の酷いノイズが入るような違和感に襲われる。
 このまま跳んだらいけない、直感的にそう思いスキルの使用をキャンセルしようとしたが遅かった。景色が塗り変わる。

「――……え、あれ、だ、誰ですか?」

 目の前に居たのは半ば予想した通り、柳楽理人ではなかった。
 いっそ清々しい程に全く知らない人。何なら、日比谷が殴り掛ったあの不審者男とも全くの別人だ。
 まんじりともう一人現れた不審者を観察する。向こうも依織の姿を認識しているに違いないのだが、何かしてくる様子は今の所無い。
黒い短髪に何故か真っ黒なグラサンを掛けている。全体的に真っ黒な格好をしていて、シルエットが人影みたいだ。
 ――先生とかじゃ無さそうだなあ……。
 とはいえ、宝埜学園の教師は全体的に個性派だ。もしかしたら、まさか、この男も教師なのかもしれない。

 まじまじと考察していると、あまりにも見過ぎたのか困惑した様子の男は首を傾げる。そして緩く手を振った。あれ、もしかしてやっぱり先生なのか。

「えーっと、あのぅ……教師の方ですか? クラスと科目は?」
「えっ? いやいやいや! こんなあからさまに不審な教師はいないだろ! ヘイ! それより俺と良い感じの喫茶店でお茶しない?」

 ――想像以上にヤバい奴来たなあ……。
 毒気を抜かれつつも、しかし、それ以上に触ってはいけない人種感が危険であると脳で警鐘を鳴らしている。
 そして同時に、全く知らない人、全く予想していない地点にスキルで移動する事は出来ない。であれば、着地点を狂わせたのは間違いなく彼だ。即ち、スキルを使って逃走する事は出来ないという事になる。

「天沢くーん! 私の方が大変な事になってるよ!」

 届くはずが無いと知りつつもそう言わざるを得なかった。

 ***

「絶対フラグだと思ってたんだよ、俺は」

 生徒、如月依織から届いた空メールを見、柳楽理人は呟いた。盛大な溜息付きである。スマホを操作し、一斉送信で今合宿所にいる学園関係者全員に注意喚起のメールを送る。当然、今日の課題は中止だ。
 そして、最初に連絡してきた如月を捜すべく周囲を見回す。さて、何も書かれていないが一体どこにいるのだろうか。