12.依織の癖
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昼休みの開始を告げるチャイムが鳴ったと同時、正面に座っている鈴音の肩を掴んで屋上へ跳んだ。
「待てやコラァ!!」
背後で海崎の怒号が聞こえた気がしたが、立ち止まる勇気などあろうはずもない。無視して人気の無い校舎の屋上へ移動した依織は、小さく溜息を吐いた。
明らかにクラスメイト達は自分と鈴音を袋叩きにする気満々だ。このままでは数に物を言わせて何も出来ないまま、天国送りにされるだろう。
「ど、どうしようか。依織ちゃん……」
「どうするも何も――」
ギィ、とドアが耳障りな軋んだ音を立てる。はっとして出入り口を見れば、何故かそこには幼馴染みとそのペアが立っていた。何故、どうしてすぐここだと分かった?
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日比谷桐真は依織が教室から消えたのを見て、すぐに行動を起こした。怒号飛び交う教室からそろりと抜け出し、目指すは校舎の一番高い場所。
「ご一緒しますよ、日比谷さん」
「お前……鶴野……」
こっそり、誰にも見つからないよう抜け出したはずだが、ペアである鶴野莉亜はぴったりと付いてきていた。ここで追い払う理由も無いので、邪険にする事無く黙って足を進める。
依織には昔から癖があった。というか、癖が付いたと言えばそれが正しい。
当時、隠れん坊から鬼ごっこ、ありとあらゆるお遊びを繰り広げていたが、彼女はそれらをこなしていくうちに「平面に跳んでもすぐに捕まるから、高い所へ逃げれば良い」と考えるようになったようだった。事実、鬼ごっこでも何でも高い木の上に着地されてしまえば手出しが出来ない。
そのせいか、依織は何かから逃げる時に上へ上へと逃げようとする。
であれば、今回の逃げ場はどこか? 校舎で一番高い所は?
「屋上か……」
かくして、その予想は拍子抜けする程に大当たりだった。開いた扉の先には驚いたような顔をした幼馴染みと、そのペアが佇んでいる。誰かが来るとは思っていなかった、呆然とした態度だ。
薄ら笑みを浮かべた桐真は言葉を紡ぐ。予想が当たったという子供じみた高揚感さえ覚える。
「お前、狼だったんだな」
「わあ! 流石です、日比谷さん!」
忘れていた鶴野がここぞとばかりに、依織へアプローチを掛ける。彼女の執着ぶりから、依織とは知り合いなのかと思っていたが絡まれている幼馴染みは目を点にしている。初対面の人物に向けるような顔だ。
構わずに鶴野が続ける。
「依織さん依織さん、私、鶴野です! 鶴野莉亜! 好きなように呼んでください! ね!?」
「あ、ああ、うん。よろしく……」
騒いでいる相方を余所に、もう一度自らの個人目標を顧みる。
目標は単純にして明快。狼を1匹以上始末する事。今ここには2匹いる訳だし、目標の達成は訳無いだろう。出来れば生きて帰りたいが、恐らくそれも可能。誰かに横取りされる前に、早急に事を済ませたい。
「……あっ、おい!」
思考を終えると同時、鶴野が依織に向かって駆け出して行った。特に打ち合わせをしていた訳でもないが、こうも勝手に動かれるとやりづらい。
視界の端には棒立ち状態であたふたしている、依織のペアがいる。
――まあ、下手に手を出される前にこいつも片付けておくか。名前は……音羽だったか。
そういえば、彼女とは前回の『鬼ごっこ』でも顔を合わせた。逃げるスキル、戦うスキルは恐らく持っていない。隠していなければ。
「おい、突っ立ってて良いのか?」
「う……」
顔を引き攣らせた音羽がジリ、と一歩後ろに下がる。弱者をいたぶっているようで、あまり気持ちの良いものではないが役割分担的には仕方の無い事だろう。
頭を切り替えて、少しずつ距離を詰める。依織と鶴野は睨み合ったままどちらも攻め倦ねているようだ。依織の『瞬間移動』は今回の課題で一種のチートのようなものなので、2人掛かりで追い詰めた方が得策。つまり、音羽に時間を掛けている場合では無い。
日の高さを見やる。まだまだ周囲は明るく、サブスキルとの折り合いが悪い。悪いが、さして関係の無い事だろう。
自身の影が目の前にあり、そして音羽の影が彼女の背後に伸びている事を確認する。確認した上で、サブスキル『影縫い』を起動。生き物のように蠢いた桐真の影が、音も無く屋上を奔るのに合わせて自身もまた駆け出した。
「良いのか、地面ばかり見てて」
影を目で追っている音羽の注意を引こうと声を掛けた。視線が胡乱げに彷徨うのを見て、やはり戦闘向きな人種でない事を悟る。好戦的さに欠けるのだろう。人間的には良く出来た人物だが、学園という競争社会では肩身が狭そうだ。
ただ、『影縫い』の効果について悟ってはいる。
影を油断なく目で追いながら、とにかく時間を引き伸ばそうと回避に全力を注いでいるのは理解の範疇だ。
「……お」
伸びて来た影を、軽やかに躱した音羽が目の前に飛び出して来る。拳を握りしめているのがはっきりと見えた。
「ええい! 攻撃スキルが何だー! おりゃ!!」
――殴りかかって来た……。
ただ遅い。喧嘩慣れしていない動き。半ば呆れながらその拳を回避し、横を通り抜けて行った音羽のうなじ。センサーに手を伸ばす。
「日比谷さん!」
センサーの音。
ただし、1つではない。2つ。