2話 過酷すぎるペアワーク

06.占い師2人目


 色々ごちゃごちゃと考えている間にも、海崎は淡々と狼の範囲を狭めるかのように言葉を紡ぐ。今は疑惑のあるペアを上から並べているようだ。

「――じゃ、この辺はどこか狼だろ。お前等からロードローラーしていきゃ解決だな」

 ――これは死ぬわ……。
 疑惑ペアの中には日比谷もいる。本当にローラーされると巻き込まれ事故で無事死亡してしまう未来が見えるようだ。
 考えを巡らせつつ、視界も巡らせる。
 不意打ちで今すぐ神木を討取る、という手も当然あったが海崎の立ち位置が邪魔過ぎて手を出す事が出来ない。ちら、と鈴音を見るも彼女もやや蒼白な顔をしているだけで使い物にはならないだろう。

 ――あ、もう良いわ。とにかく場を引っ掻き回そう。
 思考停止。
 このまま円滑に海崎に司会進行されては困るという一心で、今さっきシロ認定された九条を視界に収める。彼はあまり話し合いに参加する気が無いのか椅子に座って傍観の姿勢を貫いていた。
 ごめん九条くん、と話した事も無いクラスメイトに心中でだけ謝罪し、スキルを起動させる。

 これは瞬間移動ではなく、『念力』。酷くシンプルで、ちょっと前に流行った超能力的なスキル。何よりシンプルであるが故にいくらでも応用が利く部分が使っていて好ましい。
 それを用いて、九条宗介の首の裏。センサー部分に手を翳すイメージをする。

 一拍を置いて、九条のセンサーが鋭い音を立てた。鳴った本人もまるで心当たりが無いのだろう。目を丸くしている。

「うん? 鳴ったね」
「いや冷静か!」

 絶叫したのはペアである篠坂芳埜だ。相方の唐突すぎる離脱に目を剥いているのが窺える。

 ***

「――お」

 カップラーメンを啜っていた柳楽理人はモニター越しに教室を監視、及び観察していたが唐突に動いた事態に箸を止めた。

 当然のように海崎が他人に命令、このままローラーが始まって1日で決着するかに思われたがなかなかどうして、狼も簡単に負けてやる気は無いようだ。
 作成した資料に目を落とす。確かそう、狼ペアは如月&音羽だったはずだ。これもランダムチョイスだったので大きな期待はして居なかった。特に、音羽の方は攻撃系のスキルを持っていない訳だし。

 見ていた番組が急に面白くなってきたようなワクワク感。
 そんな漠然とした愉しさに襲われながら、脳内で考察を巡らせる。

 今、九条を攻撃したのは誰だろうか。狼の苦肉の策、という仮説を推していきたいし、逆に個別目標を誰かが果たそうとしていた、という線も好ましい。
 ただ、狼側の反撃ならやったのは如月依織だ。
 彼女は学園の受験を受けていない。つまり、スキル申請の書類を書かされていないという事になる。音羽鈴音に攻撃スキルが無い以上、離れた所から他者を襲撃出来るのは如月だけだ。

 教室が阿鼻叫喚の地獄絵図になっているのを見ながら、理人はずずっと最後の麺を啜る。さて、最初の脱落者である九条宗介を迎えに行かなければ。

 ***

 教室内がざわついている。「本当に海崎のやり方で良いの?」、「というか、本当に村側なの。この人等」、「なんで急に九条?」――
 上手い具合に疑心暗鬼に駆られているらしい。とてもこんな乱暴な方法が通用するとは思えなかったが、海崎の大雑把過ぎるやり方に異を唱える人達がいてくれて助かった。

「あの、ちょっといいかな」

 ざわつく教室に終止符を打つかのように――鈴音がそう言った。
 何を言い出す気だ、と依織もまた目を細める。え、本当に何を言い出す気なの?

「あんだよ、狼候補共」
「海崎くん達のペアが狼なんじゃないかな」
「は? おい、ルール把握してんのかよテメェ。こっちの神木は占い師だ、つって――」
「だから、悪いけれど……占い師は、私だから」

 ピキッ、と海崎の米神に青筋が走る光景を見る。もう1週間も過ごしたからお分かりだろうが、これは完全にブチ切れモードだ。
 ここで落ち着いて考えてみる。相棒である、鈴音が何を言いたかったのかを。
 考えてみたが――ちょっと理解が出来なかった。これはもう、鈴音自身か神木が狼だと自白したようなものである。

 流石に混乱して来たのか、黙っていた天沢が説明を要求した。

「うん、ごめん。ちょっとこんがらがって来たけど、音羽さんはつまり何を言いたいのかな? えーっと、占い師なんだよね?」
「うん、私は占い師だよ。でも、私が占い師だって言い張っても神木くんとの水掛け論になるから、如何に海崎ペアが狼らしいのかを説明しても良いかな?」
「……まあ、そうだね。占い師です、とだけ言われても僕たちには判断のしようが無いからね」
「了解。じゃあまず、分かるとは思うけどローラー作戦なんてあり得ないよね? これは人狼ゲームじゃないんだよ。狼が強かった時に村人の数の暴力で囲んで叩くゲーム。狼が誰なのかもよく分からないのに、ローラーなんてして村人の数を減らすなんておかしいでしょ。どうするの? 狼が滅茶苦茶強い人に割り当てられていたら」
「はぁ!?」

 苛々と海崎が机を指先で叩く。それにも動じず、鈴音は更に言葉を続けた。

「つまり、海崎くんペアは狼で、極力村人の数を減らしたかったと仮定するよ。その方が後処理が楽だもんね。しかも、わざわざ自分達でシロ認定した九条くんを襲う周到さ。占い師が1人しかいない状態でシロ出された九条くんを襲えばその場を混乱させられる訳だし」
「そりゃこじつけだろ」
「ううん。九条くんは村人デスローラーに巻き込めないからね。何せ、自分達でシロ出してる訳だし。生き残っちゃう村人を、見せしめ的に吊したんでしょ。だからつまり、海崎くんペアが狼なら急なローラーの提案に正当な理由がある事になる。ローラーをすれば村人の数はかなり減らせるし」
「ゴチャゴチャとウゼぇんだよ! 分かってんだろうな……村人が占い師を騙るメリットはねぇ。つまり、俺等が吊られてもゲームが終わらなかったらテメェ等が狼って事だぞ」
「脅しているの? 良いよ、別に。だって海崎くん達が居なくなったらゲームは終わりなんだから」

 意外にも海崎と渡り合っている鈴音を恐々とした目で見つめる。大丈夫かこれ、完全に法螺だけど。