01.入学式シーズン
私立、宝埜学園。
遊園地か何かですかと問い掛けたくなる広大な敷地に、まるでホテルかと言わんばかりの豪奢な寮、果てにはショッピングモールのような場所まである全寮制のセレブ高校である。まるで夢の国かどこかかのような学園は、とてもじゃないが学び舎には見えない。
桜舞う4月。見事、宝埜学園の受験に成功した如月依織は半ば呆然と自分の高校を見つめていた。
自分の場違い感が異常過ぎて、足が根を張ったかのように動かない。そもそも教室の場所がどこなのかも分からない。というか、それ以前に何故自分が校門の前に立てているのかも謎。
「あり得ないわ。本当……」
声に出して呟いてみるも、周囲に人は居なかったので誰も拾ってくれなかった。
ここで、宝埜学園についての事前知識を脳内で並べてみる。
超絶金持ち、セレブ・オブ・セレブが通う全寮制の学園。学科は3つあり、セレブ達が通っているのが普通科。言い方は汚いが、普通科には学園に金を積めば通える。財力の力で通る事が出来る学科。
そして次に普通就職科。これはエリートとして高卒で良い会社に入りたい、ずば抜けた才能を持った受験戦士達のテリトリーだ。
更に適正就職科で3つ。この適正就職科については、イリニ・カンパニーという会社と連携しており、そのままここへ流れ就職という事になっている。
依織が入ったのは『適正就職科』だ。このまま無難に学園生活を送っていれば、いずれはイリニ・カンパニーに就職する事になる。
ただ一つ、言い訳をさせて欲しい。
――実は宝埜学園を受験するつもりも無かったし、そもそも受験していない。
何を言っているんだと思うかもしれないが、推薦状が実家のポストに入っていたのだ。キョウダイのものかと思ったが、そういえば一人っ子。自分以外に受取人はいない。
しかも推薦状が届く程、成績良好ではないし運動神経も死んでいる。周囲より劣っている自分への推薦状など誰かの悪戯かと思って、学園側に電話を掛けたらこの招待状は紛う事なき本物だと言われてしまった。
ぶっちゃけ、滅茶苦茶、憂鬱である。
身の丈にそぐわない高校に入学し悲惨な目に遭っている先輩方の話が脳裏をよぎる。あ、でも話の内容は忘れたけど。
「君、入学式の参加生徒かな?」
「ヒッ……!?」
不意に声を掛けられて情けない声が漏れる。見れば、屈強そうな警備員の男性が立っていた。まずい、このままでは不審者と思われて外に摘まみ出されてしまう。
謎の危機感に襲われ、慌てて弁解した。
「い、いいい、いやっ! あの! わ、わ私、不審者とかではなくっ!!」
「如月依織さんだね? 教室の場所が分からないのかな?」
「ひぇっ!?」
「あ、いや、入学式の子の名簿があって……」
にこやかに説明してくれる警備員さんによると、よく迷子が出るので教室の方へ新入生を誘導する役目を担っているらしい。丁度、今は誰も居なかったが驚きの100人体制。金をドブに捨てているのでは? 雇いすぎだろ。
迷っている事を察してくれた警備員が、校舎の一つを指さす。というか、校舎と言われなければ分からないレンガ造りの建物だったが。
「君達の教室は、あの建物の3階だよ。クラスは分かるね? 1-1だから、多分一番奥だったと思うけれど」
「あっ、ありがとうございます……!」
「いえいえ。良い学園生活を」
品の良い仕草で手を振られた。気のせいだろうか、警備員までロイヤリティに見える。
物のついでで貰った1日の日程に目を落としてみた。そして、驚愕の事実に気がつく。
「えっ、入学式の後……もう授業?」
昼までで帰れるんじゃないのかよ、依織は心中で絶叫した。如何にもエリートと言った日程に戦慄を隠せない。というか、ずぼらな自分がやっていけるのか何も始まっていないというのに不安に襲われている。
***
這々の体で教室に辿り着く。1組は全学年を通して適正就職科なので、きっとこの下に陣取っている先輩方も同じ学科なのだろう。
「えっ、人いな……」
折角教室に辿り着いたが、既に自席に着いている人物はあまりいなかった。チラホラと数名いるのみ。時計を見たら、余裕を持って来てしまったからか朝礼を始めるには早すぎる時間だ。
がっくりと項垂れながら、自席を捜す。分かりにくい事に、座った事も無いような高級椅子の背もたれにしか名前シールが貼られていない。
仕方が無いので、今居るクラスメイトの顔をそれとなく確認しながら席を捜す。
――げ。
チラホラいるクラスメイトの中に知った顔を見つけたのはその瞬間だった。まさか、こんな全国各地から人が集まっている学園で知り合いがいるとは。しかも、知り合い以上友達未満という馴れ馴れしく話しかける事が出来ない人物。
視線に気付いたのだろう、彼が不意にこちらを向く。目が合った瞬間、依織はその目を細めた。
鳶色の短髪に同じ色の双眸。中学の時は涼しげなイケメン、とクラス学年を問わず女子生徒からパンダのように人気だった彼――日比谷桐真。
実は実家にてお隣さんでもあり、一応幼馴染みでもある存在。ただし、ほぼ接点は無いので互いに顔と名前を知っている程度だろう。