1話 喧嘩屋の日記

01.新卒達の集い


 外の音も聞こえて来ないような、貸し切りの個室。並ぶ料理はどことなくフレンチ感の溢れるお洒落なものばかりだ。
 午後7時。
 そんなレストランには同じくらいの歳の男女が3人集まっていた。どことなく和やかで、それでありながらほんの少しだけ殺伐とした空気。

「3人? 少ねぇな、2か月ぶりだってのによ」

 濡れ羽色の髪を一つに束ね、挑戦的な笑みを浮かべている男。耳にはシルバーピアスを3つ着けていた。椅子に足を組んで座っている彼――桐万里は、不満そうに鼻を鳴らす。

「どこも今頃、研修中だったり終わったばかりなのに、3人も集まったのは不思議だと思うけれど」

 黒い長髪、すらりとしたモデル体型に女性の平均的な身長を上回る長身。目鼻立ちは整っているが、それ故に冷たい印象を与える顔立ち。御神楽祢仔はそう言うと、テーブルの上に置かれている真っ黒な猫の面をツルと撫でた。

 そして最後、髪をお下げにし眼鏡を掛けた、イマイチこの面子と馴染の無さそうな彼女は困ったように苦笑する。

「まだ、6月ですからね。かくいう私もまだまだ未熟なので、先輩方のお世話になっています」

 戒田海良がそう言うと、仕方ねぇなと万里が肩を竦めた。
 全員がバラバラ、何の集まりか分からない彼女等は大学時代の同級生である。今回は晴れて社会人となった新卒として、吐き出す場の無い苦労話でもする為に集まったのだ。

 祢仔が適当な相槌を打ちながら、スマホを空いた席に立て掛ける。その画面には『録音』の二文字が踊っていた。

「んだよ、それ」
「今日、不参加のお仲間が何の話をしてたか聞きたいっていうから。録音」
「録られているのですか。緊張してしまいますね」

 困ったように首を傾げる海良。彼女はしきりに祢仔のスマートフォンを気にしているようだった。それはいいけどよ、と粗野な言葉づかいの万里が首を横に振る。

「ここって、ドリンクバー? 喉乾いたんだけど」
「馬鹿、そんな訳無いでしょう? 注文するのよ、注文」
「まずは飲み物ですよね。万里くんと祢仔ちゃんは何を飲みますか? それとも、先輩方を見習って1杯目はビールですかね」

 海良の問いに対し、2人の答えは一貫していた。

「別に、好きなもん飲めよ。どーせ3人しかいねぇんだし」
「私は水で」
「ああ? 水っ!? どーしたよ急に……。お前、アルコール好きじゃなかったっけ?」

 祢仔の言葉に万里がぎょっとしたように目を剥いた。別に、とやや困ったように彼女は肩を竦める。

「好きなのよ。けど、私は明日、仕事だから」
「そうですね、月曜日ですし。ですが、そんな事、前から気にしていましたか?」
「そうじゃなくて……。私の客が、何か鼻が良いのよ。1滴でもアルコール飲んだら、いちいち突っ込まれて鬱陶しいし」
「はあ? セクハラだろ、訴えろ」
「うちは公的組織じゃないのよ。そんな大っぴらに動けないの」

 私の話は良いでしょう、と祢仔が半ば強引にその話題を打ち切る。ついでに店員を呼び、水を3つ頼んだ。全員道連れである。

「あんた達だけ美味しいもの飲むとか、許さないから」
「横暴過ぎんだろ。まあ、いいけどな……。俺はアニキと昨日、飲みに行ったし」
「次は翌日が休みの日にしますね、祢仔ちゃん」

 では、と海良がやはり困ったように微笑む。

「誰から近況をお話しましょうか」

 一瞬だけ静まり返った後、おう、と万里が緩く手を振る。

「俺がやるかな、最初に」
「珍しいじゃない。こういうの、苦手じゃなかった?」
「苦手だからだろ。どうせ、今日は長く話す事が分かってたんだ。何話すかはもう決めてる」

 ふぅん、と表情に乏しい祢仔の顔が愉快そうに歪んだ。それは一種の挑発行為に近いだろう。

「じゃあ、先にいいわよ」
「楽しみにしていますね、万里くん」

 おうよ、と何故か自信満々に万里は頷いた。それまで気怠そうにくたびれた体勢で椅子に凭れ掛かっていたが、起き上がり、両肘をテーブルに突く。前のめりになった彼は心なしか楽しげに口を開いた。

「まず俺の就職先だが――もう一度確認しておくぜ。《華客狩り》に就職した」
「万里くんにお似合いだと思います」
「けどあんた、あの殺伐とした空気の中で能天気過ぎでしょう。大丈夫? やっていけてる? 転職の報告は聞きたくないわよ」

 華客狩り。
 人を捕食する謎の生命体、『マレビト』を専門的に狩る、半公的な組織だ。人を捕食する化け物を殺す、という性質上、殺し合いが日常茶飯事。従って、内部は非常に殺伐としていると有名だ。

 それら、華客狩りの特色を加味した上で、万里はやはり殺伐とした空気とは無縁の快活な笑みを浮かべた。スポーツ青年、と言えばそれが近いだろう。

「ま、俺は強い奴と戦えればそれで良いんだよ。相談所もいい線行ってたが……ま、あそここそ、俺の性には合わねぇよ」
「そうですか? こちらへ転職して来るのであれば、歓迎しますが」
「はっ! ジョーダン! いいか、海良。俺には2か月間、面倒を見てくれたアニキ的な存在がいる。あの人を裏切る事なんかできねぇな」

 そう言って、万里は嬉々として最近の思い出を語り始めた。とはいえ、新卒会。そこはそれ、研修が終了した直後の話題をチョイスしたようだったが。