第5話 浮き草達の掟

01.技能検査のご案内


 青空の下、王城の専門大工によって造られた無駄に荘厳な一人用椅子に腰掛ける。漂って来る紅茶の香りもロイヤルで、そう、まるで王城暮らしをしているかのような気分になってきた。

「私、ライナルトさん達にケーキを届ける度にこうやってロイヤリティなお茶会を楽しんでるってみんなに知られたら、間違い無く血祭りですよね」
「ず、随分と物騒な話をケーキ食べながらするね」

 店の常連、パフィア兄妹の妹の方。コローナさんはそう言うと若干引いた目で私を見てきた。一方で、兄のライナルトさんは爽やかな笑みを浮かべる。

「その時はスイーツ工房の皆も連れて来ると良い。君がいれば、行き帰りの時間は勘定しなくて良いからな」
「ライナルトさんって、やっぱり騎士道に生きてますよね。発想が善人過ぎる」
「大勢居た方が楽しいだろう?」
「善人かよぉ……」

 有名な戦闘系の組織は3つある。一つはギルド全般、もう一つは王国騎士団、そして最後に奇跡狩りだ。
 ギルドの人材はピンからキリまで様々、優しさや情熱を持った人種もいればチンピラ上がり、お世辞にも誉められたものではない行為に手を染める人物もいる。国営として統一されたギルドが舵を取れない状態に陥っているので、そのせいでもあるだろう。あと数年もすれば改善されると思われる。

 我等が誇る王国騎士団は、言うなれば品行方正。人数こそかなり少ないが、一人一人が集団戦と個人としての力量にも優れている。とはいえ、国の所有物なので腰が重いのが実情だが。人格的にはまともな人間しかいないので、厄介な何かを起こすことは稀である。

 そして奇跡狩り。彼等は国境を持たない、Lv.7の魔物狩りを生業とした圧倒的な戦闘集団である。個としての力を重要視し、珍しい技能保持者がうようよと所属している化け物集団。黒い噂もポツポツとあり、民間人は余程でない限りは彼等を頼る事など無い程だ。また、彼等も彼等で民間人を保護しようという気は無いようだし。

「こうして考えると、世の中色んな人がいますよね。ま、その点私は便利系の技能で本当に良かったですよ。迫害されませんからね、何やってても大抵は」
「ところで、このクッキーには何が入っているのかな? 何か、変わった味がするのだけれど」
「それ、地獄ガニのクッキーですよ。コローナさん」
「は!?」

 本日のお届けメニュー。
 いつものショートケーキ、フロランタンの詰め合わせ、地獄ガニのクッキー。なお、ショートケーキ以外はお勧めという注文に従って箱詰めした。

「カニ! 時々混ざる、この正気とは思えないラインナップは誰が考えているんだ? 俺が言うのも何だが、食べ物で遊ぶのはよく無いぞ。エレイン」
「何で私が考案した、みたいに思われてるんですかね。それ考えたの、ビエラさんですよ」
「ビエラさんってあの? あのビエラさんか?」
「はい。何故かメイドみたいな格好をしている、あのビエラさんです」

 困惑から愕然、という顔をしたライナルトさんがうんうん、と呻っている。どうやら目の前のゲテモノとビエラさん考案という事実が結びつかないようだ。私はこの魔が差したとしか思えないメニューを考案して来た時のビエラさんを思い浮かべる。

 ――「何でカニなんですか、ビエラさん」
 ――「色合いが可愛らしいでしょう? カニは茹でると、薄桃色になりますからね。クッキーのアクセントに丁度良いかと」

 うん、明らかに正気とは思えない理由だった。これ以上、ライナルトさんを混乱させないように黙っておこう。というか、何故あの時の私はビエラさんの凶行を止められなかったのだろうか。その辺の記憶が曖昧だ。

「ところでエレイン、もうすぐ毎年恒例の技能検査の時期が来るね」

 コローナさんの言葉で我に返る。そうか、もうそんな季節か。2月、何もこの若干寒い季節にやらなくてもいいのに。年度が変わる前に面倒事を済ませておこうという魂胆なのだろうか。

「あれ、毎年揉めるんですよね。地元のみんなが」
「地元? 酷いようなら騎士団が仲裁に入るよ。場所は?」
「……いやあの、毎年違う場所にいるっていうか、月単位で移動しているというか。浮き草なんですけど」

 いやな沈黙。そりゃそうだ。村の共同体、その一部である私は浮き草の民に順応しているが、外から見れば奇抜な一団。というか、規律を重んじる街や王都の人間からしてみればただの脅威である。
 浮き草の民は移動民族だ。常に移動し、漂い、好き勝手に暮らしていると言っていい。私達は魔物が大量発生したおよそ20年前に、街へ入り損ねた壊滅村の生き残り達だからだ。
 私――というか、彼等は保護して貰えなかった。もっと言えば元々から街に住んでいるブルジョワ層から見放された存在とも言える。そんな彼等は当然の如く、街へ踏み入るのを嫌う。

 ここまではまだいい。
 問題は、浮き草の民の中にも部外者を大変嫌う者が一定数存在するという事だ。問題になるから止めろと何度も議論が交わされてはいるが、拠点にうっかり部外者が迷い込めば最悪、殺害される可能性もある。
 それで去年は二度程大騒ぎになってしまった。道を尋ねたギルドの人員を、荒れている民の一人が射殺してしまったからだ。

「――彼等の事は、私達も毎年頭を悩ませてはいるんだ。20年前の問題とはいえ、今もなお根強い対立を生み出しているからね。慎重に事を運ばなければならない」
「そうなんだがな、だからと言ってそこそこ人口の増えている浮き草の民をそれぞれの街で受け入れられるかと言われれば、無理と言わざるを得ないな。どの街も人で溢れ返っている。勿論、こんなものは言い訳だが」
「と言うわけで、私達も安易に「技能検査受けてくださいね」、とは言えないんだよ。ごめんね、エレイン」