第8話

08.賢者の人捜し


 ***

 諸々の手続きが終了し、村の中へと戻って来た。あとは手荷物を簡単にまとめて、村を出るだけである。ただ、それはジャックの話であって、他の面子はそれなりに時間を有するようだ。

「――あんた、意外と準備が早いんだな」

 そんな中、悠然と準備を終え宿の前に佇んでいる魔道士の姿を認めて眉根を寄せる。彼女こそ支度に時間が掛かる最たる人物のように思い込んでいたが、現実はそうではないらしい。
 イアンはジャックの意見を軽く鼻で笑った。憎たらしい動作が本気で憎たらしく思えてくる不思議さを全身で伝えてくるのは素直に素晴らしいとさえ思う。

「私は必要な物をローブに格納するだけですから」
「ああ、片付け方法に秘密があるやつか」

 というかよ、とブルーノが肩を竦める。彼は大方の予想通り、支度を早々に済ませ外に出て来ていた。

「リカルデは? アイツもなかなか身軽そうだろ」
「そうすね。が、今はまだいらっしゃってませんよ。彼女は片付けが出来ない人間と推察します」
「へぇ、人間ってよく分からない生き物だな」
「いやいや、人間って単位が大きすぎるだろ……」

 ん、と小さく声を漏らしたイアンが不意に首を傾げた。その視線は今居る面子の誰をも写していない。強いて言うのであれば行き交う人々を見ている。
 のだが、イアンの視線をたどってみれば、それが何であったのかすぐに合点がいった。

 胡散臭い笑みを浮かべてこちらに手を振る美麗な男性。見覚えがあり過ぎる程にある顔に、ジャックは視線と背筋を伸ばす。今日は珍しい種族によく会う日だ。

「げ、ルーファスさん……」
「やあ、挨拶だね。ブルーノ。僕が会いに来たよ」

 賢者、ルーファス。にこやかな笑みを浮かべた彼は当然のように――何故ここにいるのかも定かではないが――イアンの隣に並んだ。まるで旧知の仲であるかのような立ち位置には辟易せざるを得ない。
 しかし、毎回用件を切り出すまでが長い賢者は何故か今回に限っては早々に用件を口にした。急いでいるのだろうか。

「ちょっと聞きたい事があるのだけれど、ここにルイス様は来なかったかい? ちょっと捜しているんだ」

 少し前、バルバラとイアンの戦闘をあっさり注意したロード血族の彼。
 そんな事おいそれと口にして教えてしまって良いのだろうか、とブルーノの顔色を伺う。案の定、同胞の彼は渋い顔をして唇を引き結んでいた。言うべきか、言わざるべきか悩んでいるのが分かる。

 が、返事に窮しているのはどうやらブルーノだけのようだ。場の空気を全く読まず、イアンがさらりとそれを口にした。

「さっきは居ましたよ」
「さっき? んー、君のさっきって割と適当だからなあ。どのくらい前なのか具体的に教えておくれよ」
「そうですね……1時間程前でしょうか。それ以上の事は知りません」
「1時間!」

 盛大な溜息を吐いたルーファスから、やる気だとかそういった類いのものが削げ落ちるのを見た。人捜しに嫌気が差したのは明白だ。

「……それで、どうするんですか。ルーファスさん」
「いやもういいや、汗掻くの、嫌いなんだよね。わざわざ捜したい訳でもないし」
「矛盾してますよ。それ」
「ブルーノ、君って僕に厳しくないかい?」

 そうボヤくルーファスと目が合う。すぐに逸らされると思ったが、彼はじぃっとこちらを監察しているかのようだった。不躾な視線に、ジャックは思わず目を伏せた。そういう視線は好ましくない。
 のだが、このまま解放とはならなかった。何に興味を示したのだろうか。今まで自分に構った事など無いルーファスが声を掛けてくる。

「やあ、イアンは面倒臭い性格だろう?」
「……な、何だよ急に」
「んー、何だか少し君に興味が出て来たからかな。だって君――」

 ルーファスの言葉は、ブルーノの低い声によって遮られた。無駄話なら余所でしてくれ、という勢いを十二分に孕んでいる。

「ルーファスさん。あんた、何でルイス様の事を捜しているんです?」

 はは、と賢者は乾いた笑みを溢した。

「ロードの血族を、同胞である僕が捜しているのが何か可笑しいのかい? 探し物をしていてね、彼なら場所を知っていると思ったんだ」
「本当ですか?」
「君はどう思う、ブルーノ?」
「……その言葉を鵜呑みにする事は出来ませんね」

 あっはっは、とやはり笑ったルーファスはくるりと背を向けた。話が途中だったような気がするが、気付かないふりをする。

「いやあ、邪魔して悪かったね。それじゃあ、僕ももう少し自分の足で捜してみる事にするよ」

 そのままルーファスはその華やかな外見にまるで似合わない寒村を切り裂くように歩き去って行った。