第8話

06.お買い物組


 ***

「お、これとか良いな」

 ジャックはブルーノと共に小さなアイテムショップを冷やかしに来ていた。どうせ大した物は売られていないだろうと高をくくっていたが、予想に反してたくさんの備品で溢れている。かつては観光地だったと言っていたが、その時の名残だろうか。

 銃弾を眺めすかしているジャックに対し、ブルーノは僅かに首を傾げた。何を言っているんだこいつは、というニュアンスにしか見えない。

「ジャック、お前銃弾なんて使う場面あるか?」
「うっ、うっせーよ! 確かに俺は戦闘において役立たずだけどなあ……!!」
「や、そこまでは言ってない」

 しかし、銃弾は良いが金はあっただろうか。逃亡生活を始めてから随分と財布の中身を計算する行為を忘れている気がする。
 イアンは普通に金持ちだし、ブルーノもどこから出て来るんだってくらいには財力がある。リカルデは堅実に財布の紐を縛っているし、金の管理は皆一様だ。

「――ん?」

 他の商品も見てみよう、と顔を上げた瞬間、何故だか既視感のある背中を見つけてしまった。ただしその既視感は決して歓迎出来るものではない。
 仲間内のどの後ろ姿とも違う。違うが、何度か見た事があって、且つインパクトのある忘れられない姿。彼女は――

「おい、ブルーノ」
「あん? どうしたよ。金くらいなら貸すぞ」
「いや違う。あれ、見ろよ。あれ」
「……ああ。アイツね。どうすっかな、アレ。先手打って処理したい気持ちもあるが」

 ――バルバラ・ローゼンメラー。
 この寂れた村に用事でもあるのだろうか。最初の頃に見た、自信に満ち溢れた立ち姿は形を潜め何かを迷っているかのような覚束ない足取りだ。考えるまでもなく、イアンが与え続けたストレスのせいだろう。
 彼女には同情すべき点もある。あるが、ここでそのまま見逃す訳にもいかないのは事実だ。

「どうする、ブルーノ?」
「あんまりイアンとの確執に首突っ込みたくねぇんだよな。完全に個人的な争い事だからよ」
「そうか。でもまあ、俺はアイツの事追うよ。どうせイアンを捜してんだろうしな」
「誰が行かないつったよ。俺も尾行するわ」

 言動とは裏腹に、ブルーノは着いてくるつもりらしい。手に取っていた商品をそっと棚へ戻す。

「行くぞ」

 ブルーノの後に続いて店を出た。

 ***

 まるで誰かに居場所でも聞いたかのように、バルバラは真っ直ぐイアン達が立ち話をしているはずの村裏まで辿り着いた。そして、案の定チェスターやリカルデと真面目な会話をしているイアンの姿も確認。
 それを見つけたバルバラはすぐに腰のレイピアを抜いた。奇襲を仕掛ける気満々である。

「イアン!」

 あんな棒立ちで突っ立っている所に殺意を持った女が乱入したら事だろう、と慌てて声を張り上げる。バルバラは驚いたようにこちらを振り返ったが、声を掛けたはずのイアンは涼しげな顔をしていた。
 既に彼女の接近に気付いていたものと思われる。

 ただし、イアンの表情は珍しく不愉快そうに歪んでいるのが見て取れた。こちらを見てそのような顔をしているのではなく、バルバラに明確な負の感情を覚えているようなニュアンス。

「また貴方ですか。いい加減飽きて来たのですが。今回は? まさか何の準備もなく、ただの奇襲?」

 ――いやいやいや。恋人を殺害しておいて、その対応は無いだろ。
 最近は人道的に過ごしていたせいか、不意に顔を覗かせた怪物としての一面が素直におぞましく感じる。ただ、イアンの名誉の為弁解しておけば、彼女は最初からこうだった。
 バルバラは背を向けているので表情こそ伺えないものの、肩が僅かに震えているのが分かる。大爆発の予感。

「お相手をするのも面倒です。そろそろ、我々の因縁も終結させましょう。これ以上の愉しみは見出せそうにありません」
「…………」

 無言。嵐の前の静けさじみたそれに、戦慄すら覚える。
 今のバルバラと、かつてのバルバラはまさに別人。何か別の目論見でもあるのだろうか。その証拠に、詰まらない、飽きたと口にしていた魔道士は徐々に徐々にその顔に笑みを広げていっている。
 いつもの返り討ちに遭うだけの存在では無いのかもしれない、という淡い期待が浮かんでいるのだろう。

 ややあって、バルバラはゆっくりと口を開いた。ゆらり、とした動きが非常に緩慢でそれでいて――まるで意識はイアンでは無くジャックその人に向けられているようで、一歩後ろに下がった。
 流石の魔道士もまた、自分に殺気が向けられていないと思ったのだろうか。眉根を寄せて小さく首を傾げている。

「分かったのよ。イアン、貴方を私が殺すのは無理だと言う事に」
「……はい? それはずっと前のお話でしょう」
「だったら、それならば――」

 鬼気迫る声に、思考が一瞬だけ止まる。バルバラは最早イアンを見てはいなかった。視線はこちら、ホムンクルスである、自分。

「せめて、貴方に嫌がらせが出来る方法を考えたわ」
「いやまあ、妨害するが」

 意図を瞬時に察したブルーノが前に出る。バルバラがあっさりとイアンに背を向けた。