04.幼い頃の風景
ブルーノから聞いた場所へとリカルデは足早に向かっていた。イアンとチェスターの組み合わせなど、急に村が全焼してもおかしくない。こういう時に毎回様子を見ていてくれるジャックは、流石に嫌気が差したのか来なかった。
トラブルが起きるのを止めよう、と半ば強迫観念に駆られるかのようにイアン達の姿を捜す。
程なくして、意外な程にあっさりと彼女等の姿は発見出来た。
密やかに話し合う、見目麗しい吸血鬼と同じく目の保養になる魔道士。2人が立っている世界は、こんな事を言うと詩的だと笑われてしまうかもしれないが、とても人間の居る風景には見えない。
「――おや。どうか致しましたか、リカルデさん」
声を掛けようとしたら、先に気配を察知された。喉元まで出掛かっていた第一声を呑込む。不自然に片手を挙げたままのリカルデは、それを下ろしながら問いに答えた。
「ブルーノから、何やら2人が面白い事をしていると聞いて」
「貴方、我々の言う『面白い事』に関心を示すタイプでしたか? まあ、居て困るという事はありませんが」
ふん、とチェスターが鼻を鳴らす。何故彼はこうも毎度毎度、上から目線なのだろうか。
「私は構わんが、貴様は良いのか。イアン」
「良いも何も、別に悪い事をやろうという訳でもありませんし」
――話が見えない。
吸血鬼は話を内密に終えたいようだが、魔道士はそれが大々的に取り上げられようが頓着しない様子だ。とはいえ、プライベートな話なら撤退すべきだろうと事の成り行きを見守る。
すると、イアンが親切にも状況を説明し始めた。最近、彼女はほんの少し丸くなったと思う。単に、自分が慣れただけの可能性もあるが。
「私の手荷物にいくつか『メイヴィスの遺物』と思わしきアイテムがあるので、そちらを確認しようかと。聞いた所によると、チェスター殿はメイヴィス・イルドレシアと関係があったようですし」
「それはあの、錬金術の母と対面した事があるという事か?」
目を眇めたチェスターだったが、一応説明義務を負うつもりはあるらしい。淡々と事情を口にする。
「見ての通り、不老種なのでね。60年前と言えば既に私はこの世に生誕して、そこそこの年齢を生きている。『真夜中の館』がただの館で、叔父が使っていた頃に彼女はあの館で暮らしていたようだ」
「暮らしていた?」
「『真夜中の館』作成者もメイヴィスだ。よって、奴は館の地下にマジック・アイテムを作る為に、ヴァレンディアで生活していた時期がある」
それもそうだ。如何に天才といえ、『真夜中の館』にある大掛かりな仕掛けを一朝一夕で作成出来るはずもない。泊まり込みになった際、メイヴィスに宿を提供するのは依頼人の役目と言えるだろう。
話の点と点が繋がってきた。つまり、そのメイヴィスがヴァレンディア魔道国で過ごしている時に、彼女とチェスターは出会ったとそういう事を言いたいのだろう。
話を理解出来たと伝わったのか、イアンの話題が次へと転換する。
「メイヴィスの遺物と思わしきアイテムなのですが。《幻想の庭》、これなどはどうでしょう?」
イアンの手の平に乗るサイズのキューブ。その中には小さな小さな精巧に出来た庭が見える。何てかわいらしいのだろう、リカルデはうっそりと顔を綻ばせた。
一方で、まんじりとその道具を見つめていたチェスターは考える素振りを見せた後、腕を組み直して頷く。
「ああ、それならば私も知っている。それは確かに、メイヴィスが作ったものだ。これを作成した時――私も館に居たような気がするな」
「思い出せそうですか?」
「暫し待て」
ええ、とそう言ったはずのイアンは唐突に《幻想の庭》を起動した。瞬間的に術式が広がり、考え事をしていたチェスターまでもが顔をしかめる。
「ど、どうかしたのか。イアン殿」
「チェスター殿に思い出して頂いている間、私も次の見世物を準備しようと思いまして」
「見世物?」
「はい」
光が収束した時、そこに居たのは見た事の無い魔物だった。
鈍い金色をした雲のような存在。不定形のようでふわふわと形を変えながらただただ、そこに漂っている。見ているだけで不安を煽られるような、心が落ち着かないような、形容しがたい『何か』が植え付けられるかのようだ。
「イアン殿、これは――」
言葉は最後まで続かなかった。その、見れば見る程に遠く感じる生物の中。酷く懐古心を擽るような光景が視えた。
幼い頃、小さな子供の視点でみた帝都の風景。行き交う甲冑の兵士達と賑やかに談笑する帝都の民、駆けて行く子供達――まだ正常に運営されていた頃の、帝国の光景だ。そう、あの時は何もかもが大きく見えた。自分が小さな子供だったからそう見えたと気付いたのはいつだっただろうか。
「――ああそうか、思い出したぞ」
そう呟いたのはリカルデではなく、チェスターだった。その目はややぼんやりと、雲の形をした魔物を見つめている。