09.隠滅の方法
それは置いておいて、と一番肝心な部分を早々にすっ飛ばす気満々のブルーノは口を固く引き結びながらも問う。猜疑心のたっぷりと詰まった、明らかにルーファスその人をまるで信用していないような声音で。
「まさかルーファスさん、帝国と関わりがある訳じゃないですよね?」
「えー、僕がかい? んー、無いねぇ。大体、帝国に関わって僕に何かメリットがあるのかい?」
「そりゃ俺が聞きたいんですけど」
「君は馬鹿ではないからね。理由も何も思い付かないって事は、きっと無いって事なんじゃないかい」
薄く笑うルーファスの表情から、真意は窺えない。何というか、嘘を吐いているようでもありその逆、真実を話しているようでもある。彼から情報を引き出すのはきっと難しい。
そういえば君、とブルーノが考え込んでいる隙に賢者の興味は吸血鬼に向けられたようだ。面白そうに目を細めたルーファスは、聞いているのかいないのかも分からないチェスターに話を続ける。
「どこかで会った事無いかい? 例えばそう、『真夜中の館』とかで」
「……何故そう思う?」
図星を指されたからか、僅かにチェスターの顔が引きつった。当然、そんな挙動をルーファスが見逃すはずもない。してやったり、底意地の悪い笑みに変わった彼は答え合わせの言葉を紡いだ。
「ああやっぱり! 僕、ちょっと君の叔父さんに世話になった事があってね。そう、名前は確かフィリップ殿だったかなあ。彼、元気かい?」
「……まあ、生きてはいるだろうが」
「ドライだなあ。あーあ、『真夜中の館』がまだ真夜中ではなかった頃、あの頃のイアンはこんなに小さくて可愛かったのに」
はあ? と、最早声に出してそう言ったチェスターが胡乱げな顔でイアンを見やる。その視線だけで何を言いたいのかが理解出来たのか、イアンは眉根を寄せて首を横に振った。
「真っ向から否定する事は……出来ないでしょうね」
「馬鹿な。『真夜中の館』がただの館だった頃など、50年以上も昔の話だぞ。貴様、本当に人間か?」
人間とそれ以外を分ける時、最も区別を付けやすいのは年齢だ。人間の寿命は短い。100年弱程度であるのに比べ、伝承種の平均寿命は当然の如く三桁台。つまり、年齢とは人間とそれ以外を隔てる為の、非常に分かりやすい区別と言える。
更にそこを掘り下げようとしたであろうチェスターを遮るように、ルーファスは大あくびをした後にくるりを背を向けた。
「何だか疲れちゃったなあ、僕も歳かもしれないよ。お邪魔したね、また今度。施設の破壊活動、頑張ってね」
「あ、おい、ちょっと待て――」
チェスターの制止の声も聞かず、賢者は来たドアからそのまま出て行った。あの先は行き止まりであった気がするのだが。
その背を見送ったブルーノが小さく鼻を鳴らす。
「あまり気にしない方が良いだろうよ。出任せの可能性も高い」
「だがブルーノ、イアンは記憶喪失とかいう忘れられがちな特性を持ってただろ?」
「あー、まあ、その辺も調べてからかってるかもしれねぇ。正直、あの人の言う事はいまいち信用出来ないんだよな……」
ジャックは心中で頷いた。いろいろ御託を並べてみたが、確かにブルーノが口にしたルーファスのイメージ像は間違っていない気がする。
既にルーファスの事などどうでもよくなったのか、考えても無意味と思ったのか、イアンが速やかに話題を変えた。
「これからどうしますか? 施設に火でも放ちますか?」
「もうやってる事が盗賊の所業なんだよな」
「盗賊もクソもありません。二度手間だけはごめんなので、早急に決めて頂けますか」
文句らしい言葉を口にしてしまったが、恐らく自分が決める事では無いだろうとその他の面々を見る。ジャックはここへ身体検査をしに来ただけなので、目標を達成した以上、その後はこの施設がどうなろうと口を出すつもりは無かった。
渋い顔をしているであろうブルーノは低く唸ると首を横に振る。仕方ない、という諦めのニュアンスだ。
「本当はこういう事をするべきじゃねぇんだろうが……。仕方ない。証拠隠滅といくか。人間の英知を燃やし尽くすのは、まあ、気が引けるが」
「そうか。では火種を用意せねば」
「お前さっきから放火する事に意欲的すぎるだろ……」
何故かブルーノ以上に施設へ火を放つ気満々のチェスター。正直ドン引きしたが、イアンも似たようなものだったので口を噤んだ。