第6話

15.共闘


 何となく、その場を楽しむような空気――イアンが一方的に発していた――それは白け、冷ややかな気配が満ちる。バルバラとの再戦をどことなく楽しみにしていたであろう魔道士は、あっさりとブルーノの横槍を許可した。
 興味の削がれたような、イマイチ乗り切れない空気と言えるだろう。

「例の武器は破壊、という方向でよろしいでしょうか」
「ああ。付き合わせて悪いな」
「……いいえ。こんなツマラナイ物を持ってきた彼女が悪いのでしょう」

 肩を竦めたイアンはふらふらと振った手を、そのまま片方だけ挙げた。そこを起点に、術式が展開されていく。肩で息をしていたバルバラが、再び術者へ向けてレイピアの剣先を向けた――
 が、そのバルバラとイアンの間に割って入るようにブルーノが割り込む。その手には錆色に輝くメリケンサックがしっかりと握りしめられている。

「何か、お前と共闘するのはチェスター以来だな」
「あれは共闘と言うより、ただの役割分担でしたが」

 眉根を寄せたバルバラは飛び出してきたブルーノに切っ先を合わせる。そのまま、イアンに向かってかつてそうしたように、伸びるような突きを繰り出した。
 その輝く剣劇をブルーノの腕がいとも簡単に弾く。ふん、とイアンが鼻を鳴らした。

「所詮は『レプリカ』。オリジナルには及ばないのですね」

 完成した術式を、イアンがバルバラへ向かって放つ。地面を走る紫電が、かなり暗くなった街の中を瞬間的に駆け抜けて行った。
 息を切らしながらバルバラがレイピアを乱暴に地面へと叩き付けたが為に、術式によって生み出された紫電が四散する。が、続けざまにブルーノが突っ込んで行った。振るわれた足は的確にバルバラの腕を弾く。
 堪えられずに手放した得物を、ブルーノが上手い事キャッチし、そのままもう片方の拳で真っ二つにへし折った。

「おし、こんなもんかな! おー、お前もちょっとお話を聞かせて貰うぜ」

 そう言ってブルーノがバルバラへと一歩歩み寄った、その瞬間だった。不愉快そうな顔をしたイアンが声を荒げる。

「キメラ! 右から来ています!」

 ――誰のキメラだ?
 ジャックの脳裏に過ぎった疑問の答えは単純過ぎる程に単純だった。最早、死を覚悟した特攻。ブルーノに突っ込んで行ったキメラは彼の拳の一振りで吹き飛ばされ、血肉を撒き散らしながら崩れ消える。

「ゲーアハルト、か……」

 茫然と呟き、隣に立つリカルデの顔色を伺う。確か、彼の牽制をしていたのは彼女だったはずだ。案の定、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 一方で孤立無援状態に陥っていたバルバラもまた、ブルーノが目を離した一瞬の隙に戦闘を離脱。姿形がまるっきり見えない所を見ると、徒歩とは別の移動手段を持っていたのだろう。

「すまない」

 リカルデの謝罪の言葉で我に返る。顔を引き攣らせた彼女は、主にイアンに対してそう呟いたようだった。ブルーノに関しては、バルバラに興味がないらしく「逃がしたか〜」、という気楽な雰囲気がある。
 ちら、とリカルデを視界に入れたイアンは唇の端を歪めた。

「ゲーアハルト殿は……単体では端にも棒にもかからない、ただのオジサマですが。トドメを刺されなかったようですね。リカルデさん」
「悪かった」
「良いのですよ、貴方が決めた事ですから。しかし、そろそろバルバラさんへの興味も尽きてきましたし。次辺りには終わりにしたいものですね。とはいえ――私が動かずとも、あちらから来てはくれそうですけれど」

 最早ただの独り言だったイアンの視線は、氷付けにされた侍女へと向けられている。

 ――で、とブルーノの「へ」の字に引き結ばれた唇が困惑の形に歪む。

「お前は何をそこに突っ立ってるんだ」
「なに、事の顛末を見届けようと思ったまでだ」

 チェスター・ベーベルシュタム。前回、『真夜中の館』では手を焼かされた相手であり、ジャックは一瞬とは言え彼の目の前で朝食を食べていたという謎の事実も存在する。

 そんな彼は自嘲めいた笑みを僅かに浮かべると、凭れていた壁から背を離した。ぎょっとしたリカルデが慌てて臨戦態勢に入る。すでに日は沈んでおり、吸血鬼の独壇場である。