第3話

13.リカルデの付与魔法


 目に見えてリカルデの動きが変わった。以前、イアンが使った付与魔法は持っていた得物に掛けた、身体能力そのものは変わらない場所に施した魔法だった。理由は考えるまでもなく単純で、魔道士は本来体術に疎い者が大半である。だから自分自身ではなく、得物に魔法を掛けた。自身に掛けようと御しきれないからだ。

 しかし、リカルデは違う。前線で騎士剣を振るい、味方を鼓舞する。戦場での花形という役割である以上、派手に華やかに戦うのは最早義務。そんな彼女が付与魔法で強化された身体を使いこなせないはずがない。

 強化された足で地を蹴る。石畳が軋んだような、ミシミシという怪しい音を立てた。爆発的な勢いで後衛の青年に肉薄する――

「――っと、観戦してる場合じゃねぇな」
「退けよオッサン!」
「俺はもうオッサンって歳じゃねぇなあ。どっちかっていうと……おじいちゃん?」

 呑気な事を考えながらリカルデの行動を牽制しようとしていた獣人の青年の動きを遮る。そのまま胸ぐらを掴んでリカルデとは逆方向へと投げ飛ばした。
 くるりと一回転して着地した獣人の青年を尻目に、ブルーノは笑みを浮かべる。そんな彼の隣には後衛の青年を迅速に伸してきたリカルデが並んだ。

「よしよし、これで2対1だな。降参するなら今のうちだぜ」
「それより、私はイアン殿の加勢へ行きたいのだが」
「止めとけって。あっちに首突っ込んだら面倒な事になるぞ」

 ***

 ――向こうは勝負を決したようだ。
 対峙するバルバラから目を離すこと無く、静かになった向こうの面子の様子を考察する。

「イアン、俺は何をすればいいんだ……?」
「何もしなくて良いです」

 不安そうに訊ねてきたジャックににべもなくそう返し、再び目の前の敵に集中する。バルバラはオールラウンダー、侍女であるクラーラは近接向きだ。彼女はエンチャンター。ステップを踏む事で付与魔法を儀式起動させ、段々とその強さを上塗りしていく典型的なスピード型耐久タイプだ。
 つまり、彼女を動かせば動かす程、長引けば長引く程不利になる。

 現状、クラーラが積んでいる付与魔法は2つ。1つは両脚を強化しスピードを上げる為の魔法。もう1つは腕、腕力を向上させる魔法。スピードハイパワーアタッカーという夢のステータスを実現させている訳だ。
 元々から速さと力強さを持ち合わせているジャックと同じくらいの性能だろうか。クラーラにジャックをぶつけるのは危険である。

 しかし、一人で二人を相手にする場合、規模の大きな魔法が使用出来ない。そんなものを紡ごうものならバルバラまで前衛に転位し襲い掛かって来るので良い的になってしまうからだ。

 攻め倦ねているとクラーラがふわりと地を蹴った。その動きとは見合わない、加速に眉根を寄せ、突き出された拳を躱す。イアンが躱した事で壁にぶつかった拳は石壁を粉砕した。恐ろしい威力である。
 そんなクラーラを援護するように、氷の結晶が飛来するのをクラーラが仕掛けて来た時に起動させた結界で弾き落とす。

「先にメイドを仕留めるぞ!」
「あ、ちょっと……!」

 あまりにも放置し過ぎたせいか、業を煮やしたジャックが石壁から手を引き抜いたクラーラへ襲い掛かる。
 クラーラが薄く微笑んだ。ああやっとか、というニュアンスを多分に含んでいるのが伺える。

「待っていました。貴方は捕縛対象。バルバラ様の名誉の為、捕縛します」

 ジャックが手に持ったタガーをさらりといなし、クラーラの手刀が彼の首裏へと落とされる。
 ――のを、見たイアンは急場凌ぎで生成した風の刃で牽制した。
 こちらを一瞥したクラーラが寸前で動きを止め、身体を反転させて不可視の刃を躱す。先程までジャックへと向けられていた拳がイアンに狙いを定めた。

「俺を無視、するな……ッ!」

 絞り出すような声とほぼ同時、乾いた破裂音が鼓膜を振るわせた。ジャックが持っていた銃をクラーラへ発砲したのだ。
 それは侍女の頬を掠め、石壁に新たな傷を付ける。
 流れた血を白い手の甲で拭ったクラーラは一切の表情が消えた、絵に描いたような無表情をジャックへと向けた。

「女性の顔に傷を付けるだなんて、所詮は人工物。モラルに欠けますね」
「人をボコボコ殴ろうとする奴に言われたくないな」

 ゆっくりとクラーラが一歩、ジャックとの距離を詰めるべく足を踏み出す。その視線は銃の持ち主に釘付けだ。
 その様を見たジャックが鼻を鳴らす。

「エンチャンターは防御力に欠ける、常識だな。あんた、どう見てもスピード型だが、銃弾の速度より速くは動けないだろ」
「銃弾より速く動くのは不可能ですが、貴方の反射より先に動く事は可能かもしれませんよ」
「ははっ、内心ではビビってんだろ。俺は手元を動かすだけであんたを撃てるんだぜ」
「……雑魚のくせに、よく喋る事で」

 銃口は真っ直ぐにクラーラへと向けられている。バルバラもまた、少しばかり心配そうに侍女の様子を伺っているようだ。
 ――流石に隙が出来すぎではないだろうか。
 視線がジャックへ集まっているのを良い事に、魔法式を編む。刹那、クラーラへと固定されていたはずのジャックと目が合ったような気がした。