第2話

04.ブルーノの店


「というか、リカルデさん、魔物退治だなんて正気ですか?金銭上乗せという事で、作業ではなくお金で時間を買い取った方が建設的だと思いますけど」
「いやだが、イアン殿、我々のせいでブルーノ殿に時間を取らせているのだ。魔物討伐くらい、手伝うのが筋というものではないか?」
「私には理解の出来ない感性ですねぇ……。まあ、良いでしょう。集団行動をしている以上、貴方方に合わせる事とします」

 ――いや、別に俺は魔物退治には賛成も反対もしてないんだけど……。
 ホムンクルス127号事、ジャックは口を閉ざした。流石にそこまで空気の読めない発言を、恐ろしいサイコ魔道士の前でするのは寿命を縮めそうで億劫だ。

「まだ掛かるのかね、あれ。そうだ、あんちゃんは?何か買うかい?」
「ジャックだ。俺は――銃弾と、魔石加工されたタガーが欲しい」
「オーケー」
「銃器は――確か、4型だったはず」
「おう、良かったな。2と4だけは道中で貰ったんだよ。俺、飛び道具は使わねぇからな、売るぜ」

 銃器は型番というもので分類されている。4型の銃には4型の銃弾しか使えないし、2型は2型。今は廃盤になった0型から11型まで存在するが、銃器と言えば便利の代名詞のようなものだし、これからも型番は増えるばかりだろう。
 1ダースの弾が詰められた弾倉を2つ取り出すと、ブルーノはそれを手渡してきた。

「あー、そうだな、2つで1万アピ頂こうか」
「安値だな」
「へぇ、そうなのか。さっきも言ったが、俺は銃器の類は使わねぇからな。弾倉が1つ幾らで売られてるなんか知らねぇんだよ」

 言いながら、ブルーノはタガーを2本取り出した。
 片方はよく反った刃が特徴的で、柄の部分に魔石が埋め込まれている。ブレードではなく、装飾部にだ。意味が分からない。
 もう片方のタガーは逆に装飾の類が全くない、とても事務的なものだった。ブレードも標準、柄は無く、ストンとした形状になっている。持ち手の部分に『2割加工』とタグが貼ってあった。

 目に見える地雷と既製品。
 ジャックは双方をまんじりと眺めた。正直、前者も趣があって良いし、後者には既製品らしいという安心感がある。

「何でも、そっちの魔石タガーは曰く付きらしいな。斬れ味は良いらしいが、持ち主が怪我して盥回しになってるらしい。そのシンプルな奴は道中で報酬代わりに貰った既製品だな。アート・ウェポン商会が安心安全のレッテルを貼って売りに出してる、標準武器だ」
「そうか、値段は?」
「曰く付きの方は12万アピ、標準タガーは6万アピだ」
「分かった。両方買おう。個人的には曰く付きタガーの方が気になるが……何かあった時に代わりの得物が無いのは痛い」

 ヒュー、とブルーノが口笛を吹いた。

「随分金持ってんじゃねぇか。ンな殺伐としたもんばっか買ってねぇで、それで美味いもんでも食えばいいのによ」
「そうだろうか……。給料は貰っていたが、使い所が無くて延々と貯まっていた……」
「はあ?どんな生活送ってたら、給料を使う機会が無いんだよ。謎いわあ」

 金を払うと鞘に収めたタガーを手渡される。やはり、商売は二の次らしく、袋などには入れてくれないようだ。尤も、そんなものに入れられても嵩張るだけなので別に構いやしないのだが。
 ともあれ、合計19万アピの出費。財布の中身が半分くらい消し飛んだ。

 チラ、と旅の連れ達に視線を移す。まだ言い争っているのかと思われたが、昼食の話をしているらしい。女って訳分からない。

「あ、終わったのか。ジャック」
「いつまで話し込むつもりかと思いましたよ。というか、貴方の経済状況が心配なのですけれど」

 ――あれっ!?俺が遅かったのか!?
 話し合っていたようだから、先に買い物を済ませたのに、自分が想定していた事情と違う事情を投げつけられて頭が混乱する。

 困惑をおくびにも表情に出さず、ジャックはブルーノの前から退いた。
 代わり、リカルデが欲しい物をブルーノへ要求する。

「連れが長々と済まなかったな。あのー、あれだ、私は騎士剣が欲しいのだが……」
「何?騎士剣?あんた、帝国の騎士か?まあ、装備見りゃ一目瞭然、って話だがよ。変装してどこに忍び込むつもりなのかは知らねぇが、『騎士剣』ってのが通じるのは帝国の兵士間でだけだぞ。気をつけな」
「そうなのか、すまない。忠告をありがとう」

 ブルーノの視線はリカルデが腰に差した剣へ向けられている。
 帝国印、主に騎士兵が持っている特殊な剣の事を『騎士剣』と呼称するのだが、この剣を普通の店で買うのは難しいだろう。何せ、帝国外ではまずこの手の剣は手に入らない。

 ブレードは一般的なロングソードの類より幅広く、ただし大剣に分類されるそれより細い。大剣、ロングソード、レイピア――刀剣類から少しずつ特徴を分けられた騎士剣は使い手が限られているのだ。

「あー、騎士剣ねぇ……。あったかな」

 袋はどういう構造になっているのか。サンタクロースよろしく、次から次へと剣類が出て来る。

「ストップ。待て、それは騎士剣じゃないか?」
「お、どれどれ」

 白が基調の豪奢な装飾が施された剣をリカルデが指さす。柄の尻部分に青色の魔石がはめ込まれていた。
 ああ確かに、とブルーノが手を打つ。

「間違い無く騎士剣だな。まあ、もう他にはねぇだろ。一振りあっただけで万々歳ってやつよ」
「む、そうか……」
「タグが付いてんな。これもアート・ウェポン商会の3割魔石加工剣だ。いいね、悪くねぇ」
「んー……。その、少し綺麗過ぎるな。この先、激しい戦闘が予想されるのにこんな美しい剣を使っていいものかどうか……」

 難しい事を考えるのですね、とその様子を見ていたイアンが首を傾げる。

「得物なのに使い過ぎるのは良く無い、という理論は理解しかねます。振るわない為の装飾品など、刃を持つ必要はありませんからね。そうでしょう、ジャック?」
「俺!?あ……いや、確かにそうだが。どうして今、俺に話を振った?」
「変わった得物を購入していたようなので。それに貴方はその性質上、武器を買って飾るだけ、という性分では無いでしょう?」

 分かった、と今のグダグダな会話で何を理解したのか、得心のいったような顔でリカルデはしきりに頷いている。

「買おう、幾らだ?」
「おう、21万アピな。次はいつ会うかも分かんねぇし、現金且つ即金で頼むぜ!」

 ぴた、とリカルデの動きが凍り付いた。