第2話

03.冒険者ブルーノ


 ***

 リカルデの強引な聞き込みにより、ブルーノの店がどこにあるのか判明した。散々、井戸端会議に巻き込まれたはずの騎士兵は疲れていると思われたが、俄然軽やかな足取りで先頭を歩いている。体力は底無しなのだろうか。

 数歩前を歩く連れ達の姿をそれとなく観察する。リカルデは旅人らしい、身軽で動きやすそうなパンツタイプの服を着用。長い足はヒールが似合いそうだが、履いているのは踵のない革のブーツである。
 対するイアンの格好は実に動きにくそうだった。長い真っ黒な魔道ローブでよく分からないが、ロングスカートを穿いている。さすがに草や枝で怪我をするのは嫌だったのか、足はリカルデと同じくブーツ。

 ――これだけ見れば、双方どこにでもいる旅人の女性だが、中身は騎士と魔道士。世の中、目に見えるものが全てだとは限らない、良い例である。

「おや?あれではありませんか?冒険者の店、と言うだけあって吹き曝しですね」
「おい、聞こえるぞイアン殿!」
「貴方の声の方が大きいのですが」

 我に返って『店』とやらに視線を移す。
 すぐにイアンの言葉の意味を理解した。地面に直接敷かれたシート、その上に男性が座っている。金髪で、顔面は物々しいサングラスに覆われているので、よく見えない。とても堅気の人間とは思えない出で立ちだ。

 しかも、よくよく観察してみると、男――ブルーノ(仮)は並べた品を片し始めているようだった。まだ昼間だし、膨らんでいる袋を見るに商品が無くなった訳では無いだろう。何故もう店仕舞いしようとしているのか。

「すまない、店はもう畳んでしまうのだろうか?」

 果敢にもリカルデが男に尋ねた。その凶悪な外見など気にしている様子も無い。彼は「あ?」と辺りを見回した。

「俺に言ってんのかい?」
「ああ。実は、連れが武器屋より貴方の店で買い物をした方が良い物が揃うらしいと聞いてね。是非、我々にも商品を売って欲しいのだが……まだ、その、昼だし……」

 あー、と男――いや、彼は恐らくブルーノで間違い無いだろう。
 ブルーノは嘆息すると、首を緩く横に振った。

「お前等、旅人か?悪いな、少し前に今日は店を閉める事にしたんだよ。後10分早けりゃ開いてたんだがな」
「店仕舞いするのは、何か理由があるのですか?」
「おっ、別嬪さんじゃねぇか。いやあ、俺もよお、お嬢ちゃん達の為に店を開けてやりたい気持ちもあるんだが、ちょいと急用でね。被害が出る前に行って来なきゃならねぇんだ。悪いな」

 ――お嬢ちゃん、って歳じゃないだろう……。
 どちらに対してブルーノがそう言ったのかは分からないが、リカルデもイアンも、『お嬢ちゃん』と言うには歳を取り過ぎている。案の定、リカルデはお嬢ちゃんという言葉の意味を深刻に考えているようだった。
 曖昧模糊とした笑みを浮かべるイアンが追随する。

「用事?差し支えなければ、どのような用事か聞いても?」
「あん?いや、面白い事じゃねぇんだよ。村の裏手にある林に、スライムが出たって話さ。アイツ等、子供が触りでもしたら危ねぇだろ?軍の連中も、最近は戦争戦争で次はいつリナーブまで来るか分からない、ってんで俺が討伐してきてやろうと思って」
「成る程。ブルーノさん、貴方、お人好しなんですね」
「お、俺の事知って――あー、村の連中に聞いたんだな。まあ、俺はお人好しさ。スライムの討伐なんざ、大した手間でも無いしな。そういう訳だ、また明日も開けるから、その時に来てくれや」

 ――いや、明日までは待てないぞ。
 お嬢ちゃんショックから立ち直ったリカルデと顔を見合わせる。そんな時間は無い、というアイコンタクトを送ると、彼女は大きく頷いた。良かった、正直不安しか無いが伝わってはいるらしい。
 リカルデが口を開く。

「分かった、ではブルーノ殿、こうしよう。私達がスライム討伐を手伝う。だから、少しだけ武器類を見せてくれないか。あわよくば購入したい」
「お、おお……?何だその斜め上の提案。まあ、手伝ってくれるってんなら助かるけどよ。でも、そんな事しなくたって明日も店は開けるぜ?」

 何故、その謎の提案をしてしまったのか。混乱するジャックを余所に、話は加速度的に進んで行く。

「諸事情があって、一カ所に長居出来ないんだ。ここは中継地だから、要る物を揃えたらすぐに出立したい」
「何か苦労してんだな、お前等。まあ、そこまで言うのなら仕方ねぇ。全部ひっくり返して提供は出来ないが、何が欲しいのか言ってくれれば取りだして見せるぜ。あと――」

 ブルーノのサングラスがこちらを向く。
 ジャックを指さした冒険者は首を傾げて訊ねた。

「あっちのあんちゃんはお前等の仲間かい?ずーっとこっち見てるけど」
「え?……ジャック、貴方何故そんな遠くに突っ立っているのですか?」

 およそ初めて理解出来ない、というような表情を浮かべたイアンが呟いた。
 まさか会話に入るタイミングと距離感を計り損なった、と言えるはずもない。表面上は当然の事をしている、と言わんばかりの態度で、変に堂々とジャックは口から出任せを吐き出した。

「危険が無いか見ていた。そいつが追っ手とも限らないからな」
「ハァ?貴方、私達のお話を聞いていましたか?何か気になる事があるのなら、そちらへ行っていてもいいのですよ?」

 言い訳に失敗した上、つい少し前に自分が抱いた想いを、イアンの口から聞かされるという屈辱。大丈夫だろうか、この面子で自分は上手くやっていく事が出来るのだろうか。
 漠然とした不安をしかし、微塵も感じさせずにジャックは会話の輪に加わった。