4.

 芥菜を連れて再び執務室へ。これで人数が揃ったと熊笹に伝える為である。
 しかし、やはりそこに家主の姿は無かった。代わりと言っては何だが、机の前で恐らくは熊笹を待っている人影。何だか既視感を覚えたものの、それは樒にとっての愛しの彼などではなかった。

「おや、樒殿。此度の昇格、おめでとうございます。いやあ、僕も早く出世したいですよ」

 アハハ、と笑う彼の名は的場実栗。同僚であり、今回の昇格のせいで対等ではなくなった人物だ。

「や、実栗。熊笹殿でも待ってるの?」
「あぁ、そうですよ。この書簡を渡してしまいたいんですが・・・帰って来ませんねえ」
「そっか・・・出直そうかなあ」

 別段、急ぎの用と言うわけでもない。
 悶々と悩んでいれば、不意に芥菜が口を開いた。

「実栗。君、その書簡は?」
「仕事さ。僕もよく分からないけれど、また熊笹殿が何か始めたらしいよ」
「ほう・・・。兵法関連か」
「火でも着けていればすぐ解決するのにねえ」

 物騒な会話を背景に、無遠慮に戸が開かれる。言わずともがな、熊笹の帰還だ。
 彼は少しだけ驚いた顔をしたあと、人の良い笑みを浮かべた。

「さすがだな、樒。もう人を集めて来たのか。・・・芥菜に実栗、良い人選だ」
「え!?あぁいや、実栗は別件でこの執務室にいるのです、熊笹殿」
「何?そうなのか?」

 はい、と実栗が頷く。

「書簡はここでよろしいですか、熊笹殿」
「おう、悪かったな待たせて。・・・で、樒よ。お前、二人きりで領主生活始める気か?」

 質問の意味が分からなかったが、樒個人としてはこの面子で事足りると思っている。あまり人数を増やしても事故が起きた時大変だし、最初は大人数いても意味が無いのだ。
 だが、熊笹はそうは思わなかったらしい。
 それはいかんな、と表情を曇らせる。

「丁度いい。実栗もいる事だ。お前達3人で高以良へ行け」
「ちょ、熊笹殿!?僕は宮中が割と気に入っているのですがっ!」
「ううむ・・・だが、他に頼める人間もいないのだ」

 猛反対する実栗。聞く耳を持たない熊笹。
 ああこれはいけない展開だ。すぐにそう気付いた樒は何とか思い留まって貰おうと必死に画策する。こんな宮中に未練たらたらの人材を連れて行ったらすぐに裏切られる。寝首をかかれないように毎日気を配りながら就寝するなんて絶対に嫌だ。

「えっと、熊笹殿!その、実栗の意見も聞いてあげた方が――」
「知らん。もう決めた。明日からお前の配属は高以良だ、いいな?実栗」

 こうして、半ば強引に高以良領で生活する面子は決まった。
 まずは護衛兵とか雇わなければならない、果てしなく真黒な生活の幕開けである。