3話 神を呼び起こす者

01.1週間ぶり


 夢の中で就職に成功し、しかも初仕事までこなしてきた。そんな話のネタを手に入れた桐絵はその日、いつもより十数分早く学校に辿り着いていた。というのも、乗るバスが何故かいつもより早くバス停に来た上、道が空いていたのでスイスイと進んで学校へ到着していたのだ。

「へい、桐絵! おはよう、そしてくらえ!!」
「え?」

 今日も今日とて元気過ぎる親友の声で顔を上げる。彼女は教室の出入り口に立ち、意味の分からない構えを取っていた。断じて空手や柔道のそれではない。スクワットでもしているのかと聞きたくなるくらいに腰を落とし、手から波動でも出せそうな構え。
 走馬灯のように彼女が最近ハマっている漫画やアニメ、ドラマ、ゲーム媒体が脳裏を過ぎったが構えに対する答えは得られなかった。というか、情報量に差があるので分かるはずがなかった。

 結果として、ノリの悪い桐絵と朝一で滑った親友という図が出来上がる。頭の痛みを覚えながらも桐絵は親友へと声を掛けた。

「ご、ごめん。何がしたいのかよく分からなかった……。出来るだけ乗ってあげたいから、次は事前に打ち合わせしようね」
「幼稚園児に構っている大人みたいな事言うじゃん」

 この後、いつも通りに本などの貸し借りをし、いつも通りに授業を受け、そして帰宅した。

 ***

 かなり久しぶりに例の夢を視ている。時間で言うと1週間ぶりくらいだろうか。
 桐絵は浮上する意識の中でそんな事を考え、ゆっくりと身体を起こした。そういえば、最後の景色は任務終わりの車内だったが、今は室内にいる。
 夢なので前後の整合性など無いだろうが、今はどういう事になっているのか。この夢を見始めて、およそ初めて行動指針を失っている。何せ、誰もいないので何をすればいいのか教えてくれる人もいない。

 どうやらこの部屋、個室のようだ。備え付けの家具が並び、人が生活するのに必要な物は見たところ一通り揃っている。自室、と言うよりホテルの一室のような余所の部屋感が強い。
 部屋ばかり見ていても仕方が無いだろう。どうせ夢なのだし、外へ出てみよう。
 そう決意し、ドアを開けて外へ。特に外側から鍵が掛かっているという事も無かったので普通に部屋からは出られた。

 当然のように長々と伸びる廊下。静謐に満ちており、人の気配は無い。ドアが並んでいるので、先程自分がいた部屋と同じようなそれが等間隔で並んでいる物と思われるが、人が居たら気まずいので中を開けて確かめる勇気は無かった。
 特にあてもなく、ブラブラと廊下を闊歩する。床には絨毯が引かれており、柔らかな感触だ。もしかして、例の夢だと思っていたが全然関係の無い夢を視ているのか?

 廊下をかなり進んだところで、その疑問は解消された。

「あ!」
「ああっ!? キリエ!! 起きてたのか!?」

 第1回目の夢からずっと面倒を見てくれていたレオンが廊下の角を曲がって出現した。彼は手を振って駆け寄ってくる。
 しかしその表情は友達に久しぶりに遭遇した、と言うより生死の境を彷徨っていた病人が一命を取り留めた時の見舞いみたいな表情だ。あまりにもオーバーなリアクション。

「お前、1週間も寝たきりだったんだぞ!? アーサーさんに相談しても大丈夫だとしか言わないし、このまま死ぬのかと思った……!!」
「え? そうなの? 何かごめんね、心労とか掛けちゃってたみたいで」
「軽い!! 1週間意識不明だった奴の言葉じゃない!!」

 ――そこは夢なんだからリアルタイムにしなくていいんだよ。
 自身の夢に自分で突っ込む。ベクトルの違うノリツッコミみたいな状況だが大丈夫か?
 しかしレオンくん、本当に心配してくれている。現実でも誰かにここまで真摯に体調を気遣われた事など無いだろう。どこの記憶から引用されて、目の前の光景が繰り広げられているのか甚だ疑問である。

「――あ、そうだ。同期組はどこ行ったの?」
「イルゼとホルストなら、それぞれ任務に出てるな。1週間あったから、俺も別日に任務へ行ったし……。まだ1回しか仕事してないの、キリエだけだぜ」
「マジか。クビになったらどうしよ」
「それは……大丈夫なんじゃないか? たぶん……」
「そういえば、ここはどこなんだろう? 知らない部屋に寝てて、戸締まりもせずに出ちゃったけど」
「ああ、キリエは乗り物で寝てから起きてないもんな。ここは機構本部の、特殊部隊が使ってる個室のフロアだぞ。お前が寝てた部屋は、お前の自室だから好きな物置いていいよ」
「そうなんだ。え、ヤバ、鍵締めてない」
「オートロックになってるから問題無し。部屋へ入りたい時は、ドアの横にある窪みに手を翳せば鍵が開く仕組みだ」
「便利ぃ……」

 どういう原理なのかさっぱり分からないが、現実の自宅より強固なセキュリティに護られている事は確かだ。

「あ、そうだ。アーサーさんにキリエが起きた事を報告しに行こう。今日は確か、待機組のはずだから。アーサーさん、心配してたぞ」
「そうなんだ……。方々に迷惑を掛けているみたいで申し訳無い。なんで夢の中でまで、こんな肩身の狭い思いをしなきゃいけないんだろ」
「あと、キリエを部屋まで運んだのもアーサーさんだからな」
「ウワッ……。推しメンが私の知らない所で私に迷惑を掛けられている……!!」

 早くも憂鬱になってきたが、運んで貰った礼と謝罪を早急に済ませなければ。いやまあ、自分の夢なので視ていない所は起きていない事と同義な訳だが。何だかややこしくなってきたな。