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などと話していると不意に剣聖が酷く自然な動作で剣の柄に手を掛けた。流れる水のような動きは一瞬だけ判断を鈍らせる。
ガサガサ、小さな足音。何かが近付いて来る――
「バートランド、隊長・・・」
現れたのは傷だらけの兵士だった。王国の紋が入った甲冑を着ている。おお、とバートランドその人は傷の具合については触れず、兵士に近寄った。今にも倒れてしまいそうな部下の腕を取って支える。
息を切らしている兵士は何事か伝えようとしているようだった。自分の存在に気付いた彼は軽く頭を下げる。記憶には無いが、彼は私を知っているようだ。
「隊長、二軍は・・・全滅です。けれど、《特務》を連れてきてくださったのですね・・・」
「何があったか落ち着いて話せ。魔物はあの猛獣じゃなかったのか?」
「はい、あれであっています。ただ・・・その、予想以上に強く・・・なのに、二軍の連中が隊長を待たずに・・・突っ込んでしまって」
「あー、負けん気の強そうな坊主だったもんな。あっちの隊長さん」
一人にするべきじゃなかったか、とここに来てようやく悔恨の滲んだ溜息を吐くバートランド。彼はそもそも、人の顔色を伺うのは苦手だ。故に起きた悲劇だと断言してしまえれば楽なのだろうが、そういうわけにもいかない。
そんな現状にも眉根一つ動かさないジルヴィアが言い放った。
「もたもたしている暇は無いぞ、全滅とは言ってもまだ息のある者もいるはずだ」
「それで、また特攻でも提案するのか?」
冷や水を浴びせるような言葉はこれまた顔色一つ変えない剣聖、アルハルトだった。冷ややかな視線は的確にジルヴィアを射貫いている。どうやら彼等の仲はデルク以上に悪いらしい。殺伐とした空気に思わず背筋を伸ばす。
「お前はどこか安全な所に避難してろ。もう軍も陣形もありゃしないな、こりゃ。・・・で?お前等は何を揉めてるんだい?」
兵士を遠ざけた師であり隊長でもある彼は睨み合う――啀み合うジルヴィアとアルハルトの両者を交互に見やり、微かに首を傾げた。自分が視ていない所で険悪なムードになり原因を考えているらしい。
そろそろ収拾を着けねばなるまい。ジルヴィアに声を掛ける。どちらが悪いという事は無いが、彼女の提案を呑むわけにはいかない。それは全滅した二軍と同じ末路を辿る事になりかねないからだ。我々の仕事は魔物の討伐であり、失敗した軍の尻ぬぐい。ミイラ取りがミイラになるのも、ましてや人助けが本業というわけでもないのだ。
「索敵?そんな事をしている暇があるようには見えないぞ」
故に、やはり敵情視察が先だと釘を刺せば彼女は目に見えて不機嫌そうな顔をした。上司に楯突くその心意気だけは認めてやりたいが、それを認可するわけにはいかない。
まあまあ、とその場を制したのは年長者であるバートランドだった。彼に仲介させるなんて、自分の腕の未熟さを痛感させられる。
「俺もさすがにブラックボックスじみてきた敵にいきなり突っ込むのはごめんだし、今の指揮はエディスに任せてある。場を収めると思って、指揮官殿に従っちゃくれねぇかな」
鋭い双眸がバートランドを射貫く。しかし、一瞬後にはその視線は外された。
さて、偵察に連れて行く人間は決めている。ジルヴィアだ。
「はぁ?クラウディアでも連れて行け。あたしはそもそも、索敵には反対なんだ」
「・・・彼女と2人きりになるのは危険かと思われます。ここはやはりわたくしが――」
いいや、ジルヴィアでなければ意味が無い。私は彼女に伝えるべき事があるし、それは今すぐでなければならない。よって、彼女以外を連れて行くつもりはない。