1話 人を喰らう家

01.お仕事の話


 午後1時。差し込む太陽の光が眩しい。その眩しさのせいで、こんな時間まで部屋で退屈を謳歌している自分が酷く怠けきった存在のように思えて憂鬱な気分になってしまいそうだ。
 が、玄関のドアが開く音が静か過ぎる別荘に響き渡った為、読んでいた本を閉じる。サディアス・マクベインは椅子から立ち上がった。
 それと同時に自室をノックする音が響く。

「いる。どうした?」

 返事をしながらドアを開けると、サディアスより頭1つ半程背の低い女が立っていた。蜂蜜色の髪はセミロングに切り揃えられ、同じ色の三角形の耳がピンと立っている。琥珀色の双眸に、首回りは白と蜂蜜色の毛に覆われていてどことなくエレガントだ。
 キツネの獣人であるプリシラ・メープルは腰に手を当て、用件を切り出した。

「仕事の時間だ。取り敢えず、ロビーで話をしようか」
「了解」

 部屋を出てドアを閉め、鍵を掛ける。自分や彼女だけではなく、他にも数名の住人がいるのでトラブルを避ける為にも部屋を留守にする時は鍵を掛けるのがルールなのだ。ちなみに、この大きな別荘の玄関を開ける為の合鍵は皆所持している。無くす馬鹿がたまにいるが。

 2階の居住スペースから、1階の共同スペースへ下りる。誰もいないのだろうか、ロビーは閑散としていた。
 適当なソファに腰掛け、足を組んだプリシラはその手に資料を持っている。それに視線を落としながら口を開いた。

「今回、我々『奇跡狩り』への依頼はギルドからだ。大方、手に負えない魔物が出現したのだろうさ」

 奇跡狩り――奇跡的に誕生したLv.7の魔物を、これまた人間の中でも奇跡的な技能を持って生まれた連中が討伐する組織。人数はかなり少ないが1人1人がLv.6の魔物を一人で討伐しうるだけの力を持っている。
 とはいえ、魔物のレベル定義はかなり曖昧だ。人間の持ち得る強さもまちまちなので仕方のない事だが。現状、Lv.7が最高クラスの魔物と定義づけられている。ころころ変わるものなので、来年辺りにはLv.8が最高、となっている場合もあり得るが。

「前回のギルド依頼もLv.7には程遠い、普通の魔物だったがな」
「仕方無いさ。ギルドは今や衰退した。烏合の衆の中に、数名の使える人材が混ざる程度になってしまったからね」
「今回は違うと良いが」
「そんなお前に残念なお知らせだよ。初期設定レベルは4だ」

 サディアスはげんなりとした溜息を吐き出した。そのくらいは国の機関でどうにか退治するなりして欲しいものだ。
 奇跡狩りは国境を持たない団体だが、そうであるが故に多忙。戦闘員はあらゆる国に散り散りとなってしまっているし、先にも述べた通り数が本当に少ない。一般人でも数を集めれば対応出来る魔物に関しては、動きたくないのが実情だ。

 なお、この別荘はプリシラ部隊が現在は駐屯している。彼女は部隊長だが、時間の無駄を嫌うタイプなのでこういった依頼は弾くと思われたのだが。

「――まあいい。場所は」
「スツルツの小森。何でも、道なりに沿って進むと館があるらしいのだが、そこになっているな」
「要領を得ないな。では、依頼はギルド・スツルツ支部からか?」
「ああ。何でも、館を取り潰すという目的でギルド員が4名向かったそうだが一人もギルドへ戻っていないそうだ。また、その4名を捜索・魔物を討伐する為に派遣されたギルド員9名も戻っていない」
「……そうか。すでに13人も行方不明者が出ていたか」

 依頼を受けた理由がハッキリした。これ以上の人死には看過出来なかったのだろう。存外甘い所のある部隊長、それが彼女である。

「ああ、付け加えだが腕自慢のフリーの魔物狩りも1名帰っていないようだ。しかし、そのフリーもギルドマスターが不在であった為に詳しい事は分からないらしい」
「浮き足立っているな」
「13人も人間がいなくなれば焦りもするだろうさ。あ、いや14人か。紛らわしい」
「そのフリーの1人は何なんだ? トレジャーハンターの類か?」
「さてね。とはいえ、1日経っているようだしそいつも無事ではいないだろうさ」

 メンバー編成についてだが、とプリシラが2階に視線をやった。

「レアとギルが暇していたようだぞ。悪いが、私も今日は会議で本部へ行く必要があってね。大した魔物でもないようだし、そこ2人を連れて行って来てくれ」
「了解した」
「あと、勧誘リストが更新されている。見掛けたら声を掛けるように」

 ファイルを手渡された。慢性的に人手不足な奇跡狩りは人材捜索に余念が無い。毎月更新されているあたり、フリーで活動している強者というのはやはりいるようだ。大抵は目立つ技能なので、各国各所に散らばった諜報員達の視界に入ってしまうらしい。

 ともあれ、手渡された諜報部の血と汗の結晶に視線を落とす。付箋が貼ってあるそれは初めて見る顔だった。

「新しい人材か。若いな」
「ああ、ミハナ・カネドウか。彼女は現状の最優先勧誘者だ。顔写真を脳に焼き付けておいてくれ。それに、今はこの辺にいるだろう」
「浮き草の民、か」

 浮き草の民――魔物が氾濫した時代に、襲われた村々の生き残り達が作った共同体だ。気難しく、他の共同体に属す事を由としない性質を持っている。見掛ければ声を掛けるだろうが、仲間にするのは至難の業と言わざるを得ないだろう。
 浮き草の民は遊牧民族の気があるので、国内の平原をグルグルと1年を通して一周する。今はスツルツ街の近くに居を構えているようだ。

「ではよろしく。今日はお前達3人しか拠点にいないからな、戸締まりはしっかりしてから出てくれよ」
「ああ、分かった」

 片手を挙げたプリシラがそそくさと別荘から出て行った。
 ――なお、鍵は閉め忘れた模様。