1話 人を喰らう家

02.メンバー編成


 まずは今日の任務に同行する仲間を集めなければ。
 プリシラの指示を思い出しながら、ソファから腰を浮かせる。そんなサディアスの頭上から凛とした声が聞こえて来た。

「話は聞いたわよ。勿論、あたしも任務に行くのよね」
「レアか。ああ、そうなるな」

 2階の手摺りに体重を掛けニヤニヤとイタズラっぽい笑みを浮かべる彼女はレア・ホワイト。雪のような長い白髪をツインテールにしている。有翼族の特徴である、特異な頭髪の色、毛先だけ筆のように真っ黒だ。短いマントのような衣服――ポンチョとか言っていたか、それを着用しているのは、肩から手首に掛けて伸びている羽毛が邪魔で普通の衣類が着られないからだと昔に聞いた事がある。
 下からのアングルで、彼女が手摺りから離れた拍子にポンチョの中身が見えた。外側は白、内側は黒の羽毛が温かそうにはためいている。

 片手を挙げたレアは階段を伝って1階へ下りてきた。その視線はサディアスが手に持っているファイルへと注がれている。

「それは? 任務の資料?」
「いや、これは勧誘リストの新版だ」
「ふぅん。仕事よりそっちのが気になるわね。ちょっと見せてみなさいよ」

 半ば引ったくるようにしてファイルを手に取ったレアは愉快そうにそれへ視線を落としている。

「何がそんなに楽しいんだ」
「んー、いや、あたし達の部隊って戦闘員が少ないでしょ? 新しく入って来るかもしれない子、気になるじゃない。この新しい勧誘リストの子なんて女の子じゃん。うちに来ないかなあ」
「女の子かどうかはともかく、お前以外にも女はいるだろう」
「だってアイツ等、堅物キツネとガスマスク狂人よ? もっとこう、ノーマルな子が欲しいじゃない。あたしと一緒にショッピングしてくれる系の」

 ちら、とレアの様子を伺う。彼女は身なりにとても気を遣うタイプらしく、部隊内で尤も流行の最先端を行っている存在だと言えるだろう。対してプリシラは毎日を部隊のメンテナンスに忙殺されている。お洒落などに気を回している暇など無いだろう。
 レアもそれは分かっているはずなので、無理に部隊長殿をショッピングとやらに誘う事はほとんど無い。ガスマスクの彼女は彼女でおいそれと人が多い場所へ行ける人物ではないので、買い物など夢のまた夢だ。

 しかし――レアが気付いていない事実を指摘するべきか否か迷った挙げ句、教えてあげる事にした。

「そのミハナ・カネドウは浮き草の民だぞ」
「えっ!? 嘘っ! じゃあ、街に行こうって誘っても着いて来てくれないかもしれないじゃない!」
「どころか、勧誘に応じるとも思えんな」
「あーあ、残念。何かもういいわ、何もかものやる気無くした。戻って寝るわ」
「仕事だと言ったはずだ」

 グダグダと絡んでくるレアを無視。もう一人の人員であるギルの姿を捜す。見た所、1階にもいないし2階の自室にでもいるのだろうか。

「ギルはどうした」
「は? アイツならまだ寝てんじゃない?」
「寝ている?」

 時計を見る。真昼だ。

「昼だぞ」
「何かアイツ、昨日溜め食べするつって大食いしてから、ずっと寝てるわよ。冬眠してんじゃないの?」
「確かに今は冬だが、冬眠するにはタイミングがおかしいな。生活習慣病なぞになられても困る、叩き起こすぞ」
「あんたさあ、優しいよね。あたしなら放置してるわ」
「いや、俺もあまり触りたい訳では無い。が、今日は仕事が入っている」

 2階、ギルの部屋へ向かうべく階段に足を掛ける。背後でレアが何故か呆れたような溜息を吐いたが聞かなかった事にした。

 ***

 話は1日前に遡る。
 スツルツ街にある、ギルド・スツルツ支部は今日も今日とて賑わっていた。ギルドは国営として一つの組織として統合されて以降、ギルドメンバーの仲がぎくしゃくしていたが、スツルツ支部ではギルドマスターの人望のおかげか目立ったトラブルは無く運営出来ている。

 そんな賑わしいギルドを観察しながら、チェチーリア・カプアは眼を細めた。本日は何と、ギルドマスターが不在。そのマスターから直々にギルドのお守りを頼まれている。ので、今日1日はクエストへ行く事も無く淡々とギルドで時間を過ごすのみだ。
 ウサギの獣人であるチェチーリアは垂れている耳を撫で着ける。ラビットファーだとか言って、一部女子に人気らしい。お陰様で髪の手入れだけは毎日欠かさずこなす事になってしまった。

「ねぇねぇ、チェチーリアさん、聞きました?」
「何を?」

 カウンターに腰掛けていたら、暇だったらしい受付嬢が話し掛けてきた。知らない顔ではなかったし、暇だったので噂話を聞く姿勢を取る。

「何でも、小森にいきなり見覚えの無い屋敷が現れたらしいですよ」
「元からあったんじゃないの?」
「まさか! 小森って名前の通り、あまり広い森じゃないじゃないですか! でも、誰もあんな建物があったなんて知らなかったって言うんですよ!」
「そうなの? 見落としているだけだと、あたしは思うのだけれど」

 というか、彼女はこの噂話をどこへ持っていきたいのだろうか。ホラー? 不思議発見的な話?
 しかし、話の続きは僅かに湧いたギルドの空気によって遮られた。何だ何だと騒ぎの元を捜すと、チェチーリアより先に騒ぎの元凶を見つけたらしい受付嬢がギルドの入り口を指し示した。
 そこには見慣れないフード姿の人間が突っ立っている。遠目なので断言はできないが、かなり小柄だ。もしかして女性?

「うわ、とうとううちにも来ましたね。奴が」
「何よ、奴って」
「ギルドにたまに現れる、フリーの魔物狩りですよ。あの人。いっつも顔隠す為のフードをしてて、一部界隈では実は魔物なんじゃないか、て噂されてるんですよ!」
「何故? ただの魔物狩りでしょ。ああでも、マスターが良い人材を捜していたわね。ギルドに入らないのかしら?」
「チェチーリアさんってば、本当にマスターの事大好きですよね! でも無理だと思いますよ。ミスト支部のブレヒトマスター、何でもアイツにボコられたとか!」
「情けな……」

 しかし話に聞く限り、かなりのトラブルメーカーがやって来たようだ。何でわざわざマスター不在時に。チェチーリアは一つ憂鬱な溜息を溢した。