第1話

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 出てほんの数十分で戻ったミータルナ支部は相変わらず悠然と佇んでいる。発展都市でもあるミータルナで背の高いビルは別段珍しいものではないが、それでも自分達の拠点と言うのは何となく目立って見えるものだ。それが、贔屓目だとは分かっていても。

「ルシアさん、ここが僕達が働くビルだよ。入り組んでいるから、もし出勤する時に迷子になったら誰でもいいから連絡してね」
「了解しました。・・・思っていたより、ゴチャゴチャした場所ですね、ミータルナって」
「あー、まあそうだね。変わったものとかたくさんあるし、時間が出来たら行ってみなよ」
「そうします。・・・えーっと、署長さんに会うんですよね?」
「ああうん」

 そうだ、とジェラルドが思い出したように手を打った。注目を集めた割りにはいつもの締まらない顔のままだ。

「先に言っとくけどな、うちの署長、滅茶苦茶顔が恐い。泣いてた子供がむしろ泣き止むレベルで恐いから、腰抜かすんじゃねぇぞ」
「何ですかそれ、恐・・・」
「いやホント。確実に堅気じゃない感じの顔だから。新人が何人も緊張で泡吹いてるから。な、ブレット」

 ニヤニヤと嗤うジェラルドを見、ブレットは渋い顔をした。そう、セドリック=ライトを知らない人間はまず、彼の顔を見慣れる事から入る。彼自身はとても温厚でいい人、良い上司なのだが顔だけは擁護のしようがない。1ヶ月くらい経って彼の人の良さに触れて今まで恐怖を覚えていたのに罪悪感を抱くまでが新人加入の様式美である。
 しかしこのルシアという新入り、なかなかに曲者だった。というか、この時期に来る『希望制』の新入りが一筋縄でいくような人物であるはずがなかった。

「大丈夫ですよ。私、スプラッタとか意外と平気な感じですから」
「すぷらっ・・・いやいやいや!そこまでは言ってねーよ!何想像してんのお前!!」
「あーもー、騒いでないで行きますよ!セドリックさんがソワソワ落ち着かずにずーっと待ってるはずですから!」

 新入りの言葉は聞かなかったことにして、支部の中へずかずか入って行く。受付嬢2人から笑われながら迎え入れられた。多分、一連のやり取りは筒抜けだし邪魔な連中だなと思われていたに違い無い。

「緊張してる、ルシアさん?」
「緊張ですか?してますよ、口から五臓六腑全て吐き出しそうです」
「嘘臭ぇな・・・」

 エレベーターに乗り込んだところで訊ねてみたが、やはり肝が据わっている。本人は「緊張している」、とそう言うが全くその兆しが見えない。いつもなら新人を迎えに行くとジェラルドが緊張緩和の為かベラベラと良く喋るのに、ルシアが堂々としているせいでいつもの口数と変わらないくらいだ。
 履歴書を読んだのはジェラルドだけだが、もしかして彼女は諜報員なのかもしれない。それならミータルナ支部独特の空気に溶け込んでいるのも納得出来るし、緊張をおくびにも出さない精神力も納得出来る。
 チン、とエレベーターが目的の階へたどり着いた事を示す音で我に返る。いくらルシアが緊張しない体質であれ、先導しなければ執務室の場所も分からないだろう。昔からいました感を出す彼女の空気に呑まれてはいけない。

「さーて、お嬢ちゃんが言った『スプラッタは平気』が通用するか見物だな」

 ニヤニヤと嗤うジェラルドが執務室のドアを一瞬の躊躇も無く開け放った。