6話 アルケミストの恋愛事情

10.もう一つのお仕事


 オーウェンが驚きに言葉を失う。途方に暮れる気持ちが痛い程に分かった。
 そんな彼に配慮する事無く、アロイスが胸ぐらを掴んで床に彼を引き倒す。ゴロゴロと転がった師匠は起き上がろうとするも、すぐさま騎士の捕縛術により押さえつけられた。
 あまりにも鮮やかな一連の流れに思わず言葉を失う。というか、ここからどうするつもりなのだろう?
 暫し呆然とその様を見ていたメイヴィスは恐る恐る口を開いた。

「あの、アロイスさん? これ、ここからどうするんですか?」
「――……ああ」

 えらく歯切れも悪そうに眉根を寄せた騎士サマだったが、頭を振った後に苦々しく告げた。

「すまん、メヴィ。実は最初から、この場でオーウェンを捕らえるのも俺の仕事の内だった」
「そうなんですか!?」
「ああ。このままオーウェンは会議室にいる仲間に引き渡し、撤退する流れだ」
「え、それ私、聞いてませんけど……」
「お前にとってのオーウェンは身内も同然。事前に知らせる事が出来なかった。……すまない」

 眉根を寄せた師匠が困惑したように声を荒げる。

「はあ? ここは第三者会議室だぞ!? こういった事にならない為に存在する場所なのに、堂々とルールを破るな」
「第三者会議室は確かに中立地帯だ。が、運営者は別に王族より立場が強い訳ではない」
「――ああ、あの、王妹殿下か。権力を笠に着て、ご苦労な事だ」
「そうだな」

 詰るようなオーウェンの言葉をさらりと受け流したアロイスが手慣れた調子で、懐から取り出したロープを使い師匠を縛り上げる。この準備の良さからして、オーウェンを捕らえるのはこの場面だと最初期から決まっていたのだろう。
 優しげな面持ちの王妹殿を思い浮かべる。確かに温和で柔和な顔立ちの中に、強かな女性としての側面を持っていた事は否めない。こんな搦め手を使ってくるとは思わなかったが。

 ***

 第三会議室での揉め事から3時間が経過した。どうやら師匠のアレコレはアロイスが一人で処理したようだ。気を遣われているのは重々承知なのだが、逆に手伝いを促された所で何も出来なかっただろう。

 先にギルドに帰っていたメイヴィスはロビーでぐったりと溜息を吐いた。釈然としない、モヤモヤとした気分。こういう時に限ってナターリアもいないし、鬱屈とした気持ちが降り積もるばかりだ。
 3年間生活を共にした師匠が、内心ではあんな闇を抱えているなど全く知らなかった。彼は生活を送る上で負の感情が表に出る性格ではなかったのだ。

「――メヴィ」
「あ」

 声を掛けられて我に返る。お仕事で別れたアロイスその人が立っていた。処理を終えたのだろう。
 少し困ったように眉尻を下げた彼は曖昧な笑みを浮かべている。

「俺が戻るのを、まさか待っていたのか?」
「そうですね……。あの後、どうするのか話す時間も無かったし先に休んでいるのは申し訳無いと思って」
「そうだったか。帰って良いと言えばよかったな。ところで、お前はこの件が終わったら俺に話があると言っていなかったか?」
「言ってました」

 ――そう、話はある。あるのだが、今日はどうしてもそんな余裕が無かった。逆にアロイスは一仕事終えた後だと言うのに、疲れている様子がまるでない。
 私事で悪いが、明日以降にしてもらおう。

「それなんですけど、アロイスさん。今日はちょっと……その、疲れているので。私の都合で申し訳無いんですが、明日でもいいですか? あ、駄目なら頑張ります」
「そうか、なら明日」
「はい」

 椅子から立ち上がる。相変わらず困ったような顔をしている騎士サマが不意に肩を軽く叩いてきた。

「あー、その、元気を出せなどとは言えないが……。あまり、考え込み過ぎないように。人の嫉妬は、自身で制御出来ないものだ。師弟関係に口出しは出来ないが、お前は悪くない。勿論、オーウェンも」
「アロイスさん……」
「だから……今日は身体を暖かくして寝ろ……」
「あ、アロイスさん……」

 ――それは病人か、その一歩手前の人に掛ける言葉では?
 そう思ったが単純に挙動不審のアロイスが面白かった事と、頑張って励ましの言葉を考えているらしい事が伺えたので少しだけ元気になった気がする。