5話 アルケミストの性

08.適した環境


 ***

 メイヴィスと別れたアロイスは、その足でギルドのロビーへ到着していた。アルケミストである彼女はこれから大仕事である。今回ばかりは手伝える事は無いし、周囲をうろちょろしていては邪魔というものだ。

 それに、彼女の仕事はいつだって早急だ。恐らく今回も数ヶ月などと言ってはいたが、すぐに結論を出すだろう。事が終わってしまえばギルドから出て行くのだから、見納めしておかなければ。
 ゆったりとロビーを歩きながら、顔見知り達には何と伝えるべきか逡巡する。騎士団とは違い、ギルドは横の繋がりが強い。黙って出て行くのは気が引けた。

 ――本当は。本当はヴァレンディアの時とは逆パターンとなるものの、付いて来ないかメイヴィスに提案するつもりだった。というか、お願いしたら二つ返事で来てくれる事まで確信していたと言える。
 けれど、彼女の大きな目標は偉大な錬金術師になる事であって、間違っても行き当たりばったりの騎士崩れに付き合う事ではないはずだ。彼女をギルドの外に連れ出すのであれば、それなりの機能性を持った工房は必要不可欠。術士でもないアロイスがそれを用意出来るかと言えば、難しい話である。
 才能があり、未来があって目標もある錬金術師をそれから引き離してまで連れ歩くなど、許されるはずもない。

 不意に視線を感じて顔を上げた。

「――ああ、ナターリアとヒルデか」
「声を掛ける前に反応するの、心臓に悪いから止めて欲しいなっ!」

 一瞬だけ険しい顔をしたナターリアと、苦笑するヒルデガルトがこちらへ視線を向けている。今まさに声を上げようとしていたのであろう、ナターリアはバツが悪そうにそう言った。所在なさげに挙げようとしていた左手を下ろす。
 ロビーの一角に陣取った彼女たちのテーブルにお邪魔する。椅子は2つ空いていたので、その内の一つに腰掛けた。

「こんにちは、アロイス殿。メヴィは一緒ではないのですか?」
「メヴィなら地下工房だぞ。大口の仕事が入ったから、そっちに掛かり切りだ」
「そうでしたか。仕事の成功を祈っていると、私より先にメヴィに出会えた際はお伝え下さい」

 爽やかな笑みを浮かべたヒルデガルトは楽しげだ。彼女は大変心が清らかな人物なので、メイヴィスの仕事を喜んでいるのだろう。
 一方でナターリアは含みのありそうな笑みをその顔に貼り付けていた。猫被っていると見せ掛けて、本質に近い獰猛さを兼ね備えた表情である。

「ふーん、だから暇そうにうろうろしてたんだね、アロイス」
「そうだろうか? まあ、俺は趣味なんかも持っていないからな。手持ち無沙汰だと暇そうに見えるかもしれない」

 実際の所、暇と言えば暇である。ここ最近はメイヴィスの護衛をしていたので傍には彼女が大抵の場合はいたし、長時間顔を合せないなんて事も無かった。
 深く考えていなかったが、無趣味の自分が一人旅に出た所で、ただの時間潰しにしかならないのではないだろうか。1日がとても長く感じるだろう。

 やや渋い顔をしたアロイスはチラリとナターリアを視界に入れる。彼女とメイヴィスは親友同士だったはず。長い時間を一緒に過ごして来たのならば、アルケミストの生態について知っているかもしれない。
 あくまで平静を装い、何気ない空気さえ放って訊ねる。

「ナターリア。やはりアルケミストと言うのは、近場にすぐ使える工房が無ければ困るのだろうか?」
「え? 何なの急に。別にギルドへ帰ってくるんだから1日や2日、工房が無い場所でも平気だと思うよっ!」
「いや、長期で外出する場合の話だ」
「じゃあ、必要なんじゃない? そもそもメヴィはこの間のヴァレンディア遠征まで、長期間ギルドに帰れないような仕事、受けた事ないし!」
「そうなのか?」
「そうそう。だからまあ、ぶっちゃけ、長期間不在にするなら工房は必要不可欠だと思うけどね」

 ――やはりそうか。
 半ば予想通りに答えに、アロイスはこっそりと溜息を吐いた。当然の事とはいえ、やはり工房の有無は気にしてクエストを受けているようだ。そもそも、アイテムの補給が出来ないような長期クエストを受ける利点も無いので、当然と言えば当然か。