5話 アルケミストの性

07.アロイスの決断


 微笑みを浮かべたルイーズが、今までの会話をまとめるかのように確認をする。

「それじゃあ、メイヴィス。貴方はページの解析を。わたくし達はオーウェンと貴方が面会する為の方法を模索するわ。彼とはページの解析が完了し次第、面会の予定でいい? 貴方の仕事が、終わってからで」
「はい、お願いします」
「ええ、わたくしも貴方の働きに報いる事が出来るよう全力を尽くすわ」

 こちらの契約が終了したのを見計らい、ずっと黙って事の成り行きを観察していたギルドマスターがおずおずと声を上げた。

「すいません、私からもいいでしょうか!! ルイーズ様はこれからどうされますか? 王城へは戻らない方がよろしいかと」
「確かに……それもそうね。宿でも取ろうかしら。出来るだけ城には近付かないのが一番でしょうし」
「ギルドの客室が幾つも空いていますぞ! こちらにも泊まれますので!!」
「ありがとう、オーガスト殿。では、メイヴィス。このストマのページは貴方に託すわ。ジャックも一緒だから問題は起こらないと思うけれど、くれぐれも一人でページを弄くったりはないでね」

 解散の言葉を皮切りに、謎面子での秘密集会は幕を下ろした。

 ***

 ページ解析作業の為、ギルドの地下工房へ向かわなければならない。が、メイヴィスはジャックとの集合時間を13時と決め、ギルドのロビーに行き先を変更した。
 後数時間で解析に使いそうな素材を買っておこうと思ったのだ。いつもなら足りない物があれば随時、売店や外の店へ行っていたのだがスポンサーを工房に放置して買い物へ行く訳にもいかない。

「――メヴィ、少し良いだろうか」

 買うべき物を脳内でリストアップしていると、不意にアロイスから呼び止められた。彼は集会解散後、どこかへふらりと出て行ったしまったのだが。いつの間にか戻ってきたようだ。
 最近、彼の存在に慣れてきたメイヴィスは気安い調子で片手を挙げる。友達にするような雑な挨拶だったが、ノリの良い騎士サマも同じように返してくれた。

 ただし、ノリとは裏腹に表情は固く、あまり見ない険しい顔だ。謎の威圧感を覚え、思わず背筋を伸ばす。今日は緊張する事ばかりだ。

「どうしたんですか、アロイスさん。そんなおっかない顔して……」
「ああ、その……非常に言い辛い話なんだが」
「は、話し辛い、とは?」

 本当に珍しく言い淀むアロイスの姿を見て、本格的にヤバい話をしようとしているのではないか、と背筋に嫌な汗が伝う。何なんだ、何の話をするつもりなんだ。
 が、基本的にメンタルの強い彼は少し迷っただけで、結局『言い辛い』話をするつもりになったらしい。意を決したように口を開く。

「――今回の一件が落ち着いたら、ギルドを出ようと思っている」
「……えっ? ギルドを出る……? 辞めるって事ですか?」
「細かい事は決めていないが、最低でも数年――状況によっては二度とコゼットに戻らないつもりだ。出来れば戻りたいが、クエストを受けない者を長期、ギルドに登録してくれるか分からないからな。登録を取り消すかどうかまでは、オーガスト殿と相談して決めるつもりだ」
「すっ、数年!? そんな、急にどうしてコゼットから出て行こうと思ったんですか? ギルドでの生活、飽きちゃいましたか?」

 いいや、と渋い顔でアロイスが首を横に振る。

「今回の一件に少なからず事情の一部として俺の行動が周囲に迷惑を掛けてしまった。前々から人の機微に疎かったが、まさかこんな事になるとは思いも寄らなくてな。ほとぼりが冷めるまではコゼットにいない方が良いと判断した。ルイーズ様の邪魔もしたくない」
「えっ、でも、出て行く程じゃないと思いますよ? アロイスさんのせいって訳でも無いし……」

 騎士一人いなくなったくらいでグチグチ言ってる陛下が悪い、とは流石に言えなかった。打ち首待った無しである。
 メイヴィスの言葉に対しアロイスは低く唸った。

「いや、俺もまさか一介の騎士程度が原因になる程、シーザー様が気にしていらっしゃるとは思わなくてな。俺の存在が不安材料になるのであれば、やはり今は国にいない方が良い」
「ほとぼりって、どのくらいで冷めるもんなんですか?」
「分からない。そもそも、お前が依頼されたページの解析結果が絶対にルイーズ様の助けになるような代物とも限らないからな。長期戦になるかもしれないし、状況次第では数ヶ月以内に収まるかもしれない」

 ――そうかもしれない。私の解析結果が、神魔物に有効打を与えたり、師匠の悪事を暴けるものであるという保証は無い。
 マジック・アイテムは何が出て来るか分からないブラックボックス。開けてみて、有用な情報が得られる場合もあるし、謎が謎を呼ぶ場合だってある。
 第一に解析がちゃんと完了する保証だってないのだ。あまりにも複雑構造過ぎて、途中で解析作業が頓挫する場合だって大いにあり得る。

 考えながら、アロイスを見上げる。ばっちり目が合った。
 あらゆる感情を綯い交ぜにしたかのような、見た事の無い表情にメイヴィスの視線が釘付けになる。どういう感情の顔なのかさっぱり分からない。

「メヴィ、お前……」
「は、い?」

 絞り出すような声音に何故かメイヴィス自身の心臓が嫌な音を立てる。余計な口を挟む事も出来ず、続く言葉を待っていたのだが、先にアロイスが視線を外した。

「――いや、すまない。何でも無い」

 自嘲めいた笑みを浮かべたアロイスは「作業頑張ってくれ」、とだけ言い残して足早に去って行った。