10.予想外の出来事
それにしてもさ、と前を歩いているナターリアが不意に首を傾げる。
「あの神魔物って連中、神魔物同士で協力し合うって発想無さそうだけどウタカタとプロバカティオって活動範囲が被ったらどうするんだろう? ウタカタの雨に当たったら、植物も破裂しちゃうんじゃないの? 動いてるし」
「た、確かに……。オーガストさんが手順を踏まないと神魔物を完全に殺す事は出来ない、って言ってたけど、それでもダメージは受けるはずだもんね」
「ねえ。そもそも、どうして2体同時に近隣に現れたんだろう」
核心を突いたナターリアの疑問に答える術を持たない。疑問に思いこそすれ、正解を導き出すのは恐らく至難の業だ。
――と、不意にナターリアが足を止めた。急だったのでいつもの如く、その逞しい背に顔面をぶつける。
「ぶっ!?」
「ごめん、メヴィ。あのさ、何かあれ……変な音しない?」
「ええ? 雨の音しかしないよ。人間はそんなに耳が良くない」
「葉っぱとかが風で揺れて、擦れ合う音が聞こえる」
「えっ!? それってプロバカティオなんじゃ……」
「メヴィ、アイテム出そう。アイテム。汚物は消毒しないと!」
爛々と輝くナターリアの瞳。そこに野生の色を見つけてしまい、メイヴィスは肩を竦めた。友人は完全に戦闘モードに入っている。まさか風で揺れた木々が触れ合っただけの音、という事は無いだろう。
予感――否、最早確信となったそれは真実大当たりだった。わらわらと姿を現したのは、鶴を足のように使って歩行するプロバカティオの子供達。頭がクラクラするような花の芳香が漂ってくる。
人間である自分がハッキリと分かる程の匂いだ。ナターリアは大丈夫だろうか、と隣を見る。顔をしかめた彼女は自身の鼻を両手で摘まみ、覆っていた。全然大丈夫じゃ無さそう。
「ナタ、これ!」
ローブから魔石を取り出して渡す。花の香は攻撃判定が適用されるので、魔石の結界でしのげるはずなのだ。余程堪えていたのか、ナターリアは血走った目で魔石を受け取ると、ようやくホッと一息吐いた。
「ありがとう、メヴィ。窒息死するかと思った!」
「花の匂いもここまでくれば臭いもんね」
「最早匂いが分からないレベルだったわ……」
ナターリアはゲンナリと溜息を吐いている。外だったから濃い匂いを今までナターリアは感じなかったのだろうか。何だか少し引っ掛かりを覚えるが、まずはこの子供達を燃やしてしまわなければ。こんな姿をしているが、寄生されれば命は無い。
「あーもう、匂う!! 早く片付けしなくちゃ!」
「え? ちょ、ナターリア――」
苛立ったようにそう言ったナターリアは鋭い爪のついた素手でプロバカティオの子を握り締める。瞬きの刹那には、握りつぶされた子等が盛大にくしゃくしゃになった花弁を散らせながら、べちゃりと地面に落ちる。
「ちょっと、ナタ! 危ないって、寄生されたら十中八九死ぬんだからね!!」
「体内に入り込まなければいいんでしょ。その前に全部引き千切って、握り潰せば問題無し!」
「謎の脳筋理論やめなよ……」
アイテムアイテム、とこちらへ道具を強請っていたというのに。花の香を吸ってしまった事で頭が混乱しているのだろうか。
それにしても、ここにプロバカティオがいるというのだろうか。それらしいものは見えないが、子供達が近くにいるのだから本体が居ても何らおかしい事は無い。
すぐさま炎魔法を使えるよう、体規模術式のアイテムを左手に持っておく。急に神魔物が飛び出してきたら、すぐにお見舞いしてやらなければ。
***
一方、最早ただの騎士パーティであるアロイス達は既に前日、ウタカタがいたポイントまで歩を進めていた。全員が遠征を経験しており、足場が悪い中でも衰えない推進力を持った存在だからだろう。予想よりずっと早く、着くべき場所に着いてはいた。
「――ウタカタ、いませんね」
そして、前日には恐らく居たと思われるそのポイントには何も無かった。上流から下流へと流れる小さな川があるだけだ。
ヘルフリートの言葉に、アロイスの顔が険しくなる。
「移動した、のか? 馬鹿な、自力で水場でも無い場所を移動する事は……」
「アロイス殿、川の流れに沿って捜しましょう」
ウタカタは本来、発生した場所から滅多な事では移動しない。例えば水が干上がってしまっただとか、やむにやまれぬ事情があった場合にのみ移動する。こんな、何も不足が無い場所から動く事など今まで聞いた事も無かった。
アロイスは低く唸って思考を巡らせる。誰かの手の上で、良いように転がされている気がしてならない。本当に川沿いに歩いていけばウタカタに出会えるのか。或いは、全く出会えない可能性が脳裏を過ぎる。完全に勘なので、今し方ヒルデガルトが提案した案を否定する事は出来ないのだが。
それに――一番恐ろしいのは、どこへ行ったか分からないウタカタと、メイヴィス達がうっかりで遭遇してしまう事だ。あの2人はまさかウタカタがポイントを移動している事など知るよしも無い上、自分達はウタカタと会わないと思っているかもしれない。
悩ましげな溜息を吐いたアロイスは決断した。
「急ぐぞ。メヴィ達がウタカタに遭遇したら大惨事だ」
「そうですね、急ぎましょう!」