06.ナターリアの功績
しかし、そんな暢気な事を考えていられたのも一瞬だけだった。
崩壊した元家屋、当然そこにはついこの間まで村民がいたのだ。しかもこの雨。掘り返してみれば惨状は酷いの一言に尽きた。
破裂した生き物の破片、原型を留めている家具などは一つも無く、降り続ける雨に今もなお浸食され続けている。あまりにも凄惨な光景に、思わず目と鼻を覆った。こんなの間違いようも無い。こんな事が出来るのなんて、ウタカタくらいなものだ。
見た目は水辺の美女に他ならないあの魔物が引き起こす災厄というのは、実際の所えげつないものである。綺麗な花には棘があるという事か。棘ってレベルじゃないけれども。
慌てているのはどうやらメイヴィスだけだったらしい。ナターリアは臭いのせいか、鼻を摘まんでいたが、瓦礫を退かしていた騎士達は痛ましそうな顔をしただけだ。そこには死者への弔いは見えるものの、惨状に困惑したり必要以上に怯える様子は無い。淡々としたものだ。
静かに黙祷を捧げたアロイスが何事も無かったかのように本題へ戻る。
「これは間違いないな、ウタカタの仕業だろう。新しい魔法の可能性もあるが」
「それを考えるくらいでしたら、ウタカタの方がありそうですね。事実、雨がここ数日降り続いていますし」
ヒルデガルトが曇天の空を見上げる。シトシトと降る雨は、長雨になる事を予想させるに足る物だった。
「ねえ、ウタカタは分かったけど、これは何かなっ？ 観葉植物かな？」
瓦礫除去作業が終わった家屋跡。そこへ足を踏み入れたナターリアが僅かに首を傾げる。その手には小さな植物の芽のような物を摘まんでいた。よくもこの混沌とした現場でそんな小さな物を見つけたな、と感心すら覚える。
ナターリアが摘まんだ芽は一見するとただの雑草のようにも見えたが、すぐにその考えを否定する。
「ナタ、何だか変わった植物だね。それ」
「何だろう、嗅いだ事のある匂いがするんだよね！ 鼻が曲がりそうでハッキリ分からないけれどっ！」
「嗅いだ事のある匂い？」
ナターリアから植物の芽を受け取る。小さい割に根はしっかりと太いものが何本も生えていた。生命力がとても強そうだ。
しかしこの芽、血溜まりの中にでも埋まっていたのだろうか。根がすっかりと誰のものかも分からない血液を吸って、真っ赤に染まっている。
――いや、そもそも、植物って血液で栽培出来るものなの？
水分、という点では血液も水も大差ないのかもしれない。が、普通に生物の血液で芽が活き活きと育つ事などあるのだろうか。
「ごめんナターリア、向こうで調べて貰って良いから嗅いだ事のある匂いかどうか、確かめて貰っていい？ これ、何か放置してたら駄目な気がする」
「オッケー。アロイス達にちょっと離れる、つっといて」
余程臭っていたのだろう。ナターリアは嬉々とした足取りで村から離れて行った。彼女は高い戦闘能力を持つし、万が一の事があってもしっかりと逃げ出して自分達に危険性を伝えるくらい出来るだろう。
早速、ナターリアが離脱した事をアロイスに伝える。
「アロイスさん。さっきナターリアが見つけた芽、調べる為に一旦ナタに任せました。臭いが届かない所で確認してみるそうです」
「分かった。では、俺達は調査を続けよう」
＊＊＊
調査を開始して1時間程が経過した頃だった。
「ちょ、メヴィ!! メヴィってば!!」
発見した謎の芽を調べに出ていたナターリアが慌てた様子で戻って来た。その手には、手の平程の大きさがある花を一輪持っている。
ともあれ、名指しされたメイヴィスは首を傾げながら駆けて来たナターリアへ向き直った。
「どうしたの？ 何だか慌ててるみたいだけど」
「慌てるよ！ 見てコレ！ さっき、メヴィに調べてって言われた芽!! 急成長したし、何の匂いか分かったかも！」
「えっ、これさっきの小さな草の芽？」
俄には信じ難かったが、成る程確かに彼女の手に鎮座する花の葉部分は小さかった頃の芽とそっくりだ。困惑するメイヴィスを置いてけぼりに、ナターリアは叫ぶように答えを口走る。
「これ！ この間の緊急クエストで、エアフィッシュの背中に生えてた花と同じ匂いがする!!」
「は!? じゃあ、プロバカティオ!?」
思わず大声で訊ね返すと、作業をしていたアロイス達の手が完全に止まった。当然である。この花が本当にプロバカティオのものなら、神魔物が2体同時に出張って来た事になる。そんなのは死活問題に他ならないだろう。
瓦礫の撤去作業を続けていたヘルフリートが大慌てで戻って来る。
「ナターリア！ 本当にプロバカティオなら危険だ、今すぐ手を放すんだ！」
「マジで!?」
流石は反射神経の申し子。ナターリアはヘルフリートの言葉を聞くやいなや、勢いよく持っていた花を地面に叩き付けた。見事なフォームで繰り出された、完璧な投球姿勢だったと言える。
叩き付けられた花はバレてしまったと言わんばかりにもぞもぞと動き出した。この自立歩行する花は間違いなくプロバカティオの子だろう。
「メヴィ！ 燃やしてくれ!!」
「あ、ああうん！」
慌ててローブの中から炎系のマジック・アイテムを取り出し、結構な火力を持って花を焼く。火を通したからか、うっすらとかつて嗅いだ事のある頭の可笑しくなりそうな芳香が漂った。
一部始終を見ていたアロイスが腕を組み、静かに口を開く。
「一旦集合」