6話 犬派達の集い

11.サングラスの下


 どうすればいいか分からずオロオロとそれを見守る。自分以外の戦闘民族達はどう動けば良いのか僅かな会話で理解しているのか、物怖じする様子もなく怪鳥が下りて来るのを虎視眈々と待っていた。
 あんな化け物鳥、一人で対峙しようものなら即逃げ出す事を考えるが、彼等は実に好戦的だ。

 固唾を呑んで場の様子を伺う。
 ――刹那、一際大きな羽音と共に例の怪鳥が急降下してきた。その鋭いかぎ爪で狙っているのはブルーノらしい。

「お、俺の方に来たか!」

 全く信じがたい事だが楽しげにそう言ったブルーノはその手に巨大なメイスを持っていた。非常に重そうなそれを軽々と振り回し、急降下してくる鳥の身体に狙いを定める。
 そして、空を覆う木々を縫って怪鳥が下りて来た瞬間、完璧なタイミングでその凶器を振るう。

 鈍い音。巨大な何かを打ち倒す音だ。
 それが聞こえたと同時、抵抗した怪鳥が大きくその翼を翻した。最期の抵抗、それは最早条件反射に等しい。致命的な一撃を受け、自然な動きで足掻いた証だ。

「うわっ、ブルーノさん大丈夫ですか!?」

 それを避けられないブルーノではなかっただろうが、目算を誤った。巨大な鳥の大きな翼に煽られ、一瞬だけ彼の姿が見えなくなる。ハラハラとその様子を見ていると、ナターリアがあっけらかんと呟いた。

「まあ、あの人頑丈そうだし大丈夫だよっ!」
「ええ? いやいやいや、あんなの当たったらただじゃ済まないからね。大抵の人間は」

 しかし、それはナターリアの言う通り杞憂に終わった。
 巨大な翼を押しのけ、ブルーノがのっそりと姿を現す。ただし、現れたその姿を見てメイヴィスは息を呑んだ。

「え? ……えっ!?」

 最近はすっかり忘れていた猫の皮を唐突に被り直したナターリアが、まるで乙女のような声を漏らす。かくいうメイヴィスもまた、広がった光景に呆然とし、口をあんぐりと開ける事しか出来なかった。
 ブルーノは当初、黒々として全く目の奥が見えない遮光以外の目的があるとしか思えないサングラスを着用していたのだが、それが先程の衝撃でどこかへ飛んで行ってしまったらしい。
 惜しげも無く素顔を晒した彼に目を白黒させる。

 完璧なバランスに整った顔立ち。血のように赤い双眸、金色の単発。もっと歳を取っていると勝手に思っていたが、恐らくアロイスよりも若々しい外見をしている。
 どこかの王子様がお忍びでお外にお出かけしている。そんな光景が脳裏に過ぎり、しかしそうではないはずだと脳が同時に否定をした。

「う、嘘でしょ……。イケメン……」
「ナタ、素が出ているよ……。あ、いやでも待ってよ。確かブルーノさんって、うちのギルドマスターの息子――むぐっ!?」

 恐い顔をしたナターリアから強制的に口を閉じさせられた。鬼のような形相をしている彼女はしかし、すぐに可愛らしい皮を被り直すとニコニコした目でブルーノを見やった。
 一方で、メイヴィスとしては尤も好きな顔立ちがアロイス一択なのでどちらかと言うと珍しい魔物を発見した時くらいの心境である。

「ぶ、ブルーノさんって格好良かったんだね! その野暮ったいサングラスは外してしまえばいいのにっ!」
「おう、ナターリアか。いやいや、俺の顔って目立つんだろ。人に寄って来られても鬱陶しいし、このままで良いわ。いやあ、故郷ではこのくらい、普通だったんだがな」

 ――どんな美男美女ワールドに住んでいたのだろうか、ブルーノさんは。
 漠然とした疑問が湧上がったが、それと同時にオーガストと血族問題も打ち上がる。ナターリアには止められたが、実質彼等には同じ血が流れている。であれば、オーガストもあの巫山戯たマスクの下は涼しげなイケメンフェイスなのだろうか。
 そして、ブルーノ本人はと言うと別にイケメンと持て囃されようが興味が無いらしく、ナターリアを適当に受け流しながらサングラスを探していた。何というか、人間性の違いを見せ付けられているかのよう。

「ブルーノ殿」

 不意にヒルデガルトが重々しく口を開いた。そういえば、彼女は浮いた話が欠片もない事で有名だが、流石にブルーノに関してはナターリアのような態度を――
 などと一瞬でも考えた時期があった。
 生真面目な女騎士、ヒルデガルトはブレのない女性だったのだ。その手には特に破損している様子もない、ブルーノのサングラスがちょこんと乗っている。

「そこに落ちていました。どうぞ、探していたのでしょう」
「お、ありがとさん。助かるわ」

 再びブルーノがサングラスを着用する。ナターリアが残念そうな声を上げた。