10.怪鳥
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1時間程、作業に従事しただろうか。変な姿勢での作業だった為、心なしかかなり腰が痛い気がする。
――ブルーノさんに、そろそろ仕事を終わるよう言ってみよう。
十分過ぎる程十分にミズアメタケが揃った。これだけあれば研究するのに事欠かないだろう。皆に礼を言って、報酬の山分け方法を論じなければならない。
メイヴィスは黒サングラスで悪目立ちするブルーノの姿を捜した。
――のだが、自分自身の力で彼を見つける前にアッシュがいやに騒ぐ声が耳朶を打った。それは非常に猛烈な吠え声で、何か異常を知らせるような響きでもある。
隣でスコップを弄んでいたナターリアが眉根を寄せた。
「急に騒ぎ出してどうしたのかなっ?」
「さあ……。でも、危険を知らせてる感じない?」
「犬ってそんなに頭が良い生き物なわけ?」
どちらも犬と触れ合った事が無い為にそれらしい回答が出て来ない。ナターリアと目を見合わせる事数秒。姿の見えなかったブルーノが、アッシュと共に結構な速度で走り寄って来た。今までどこに潜んでいたのだろうか。
慌てた様子こそは無いが、メンバー全員がいるかどうかを確認しに来たかのような足取り。幸い、アロイスもヒルデガルトも視界に入る場所に居る事はいる。
「ブルーノさん、どうかしましたか?」
「おう、や、それが今気付いたんだが――何かデッカい魔物が俺等の頭上を飛んでるかもしれねぇわ」
「えっ」
慌てて空を見上げるも、生い茂る木々の隙間から僅かに見える空は狭すぎて何も目視する事が出来ない。一方で、獣の勘なのか空を見上げるアッシュはグルルルル、と獰猛な唸り声を上げていた。
これは確実に何か居る、メイヴィスは恐々と落ち着き無く周囲を見回す。非戦闘員の自分など、上空を飛んでいるらしい何かの餌となってしまう可能性が高い。群れからはぐれないようにしなければ。
騒ぎを聞いて集まって来た騎士組もまた、ブルーノに同じ説明を聞かされて頷く。何を納得した頷きなのかは不明だが、何か腑に落ちたという顔だ。
「先程から何かに見られているような気はしていました。メヴィ殿、危ないので我々から離れぬようお願い致します」
「りょ、了解」
ぐぐっと背伸びをしたアロイスが掃除用手袋を装着したまま、大剣の柄に手を掛ける。様になる光景であるはずなのに、着用している手袋で色々と台無しだ。
「そろそろ中腰の姿勢も疲れて来たところだ、ここで少しリフレッシュでもするとしよう」
「あのー、アロイスさん。やる気満々のところ悪いんですけど、さっき私がお預かりした籠手、お返しした方が良いですか? 手袋、そのままみたいですけど……」
「ああ、確かに。すっかり忘れていた。だが、まあ問題無いだろう」
見た目に多大な問題がある。あるが、アロイスがそう言うのであればそうなのだろう、とメイヴィスは深く考える事を止めた。結局の所、彼は何を着ていようと絵になる人物なのだ。
勝手に納得していると、全く急に後ろからぐっと力を掛けられた。遠心力、後方へ勢いよく引っ張られる。
「ぐぇっ……!!」
「もうっ! メヴィったらボーッとしてたら命が幾つあっても足りないよっ!」
この声えは――ナターリア。
見れば、彼女の一見すると華奢に見える白い腕がダイレクトに腹に回されている。この片手で持ち上げられたまま、人間ではあり得ない速度で後退した事に気付いた。離脱させられたのだ、要は。
そしてナターリア守護且つ監修の元、先程からアッシュが執拗に吠え立てて威嚇していたその生物が姿を見せる。
先程までメイヴィスが立っていた場所を抉るように舞い降りて来た、巨大な怪鳥。聖人男性3人分くらいの大きさはあるだろう。それはかぎ爪が獲物を捕らえていないと知るや、再度ふわりと舞い上がった。
ただし、丁度良い餌を見つけたと思ったのか、すぐ近くで羽ばたく羽音が絶えず聞こえている。
「遠いな。下りて来た所を叩き潰すか」
「メヴィに狙いを付けられなきゃ、1回で終わるか」
アロイスとブルーノが謎の打ち合わせをし、互いに距離を取る。バラバラの場所に陣取ってどうするつもりなのだろうか。
「ナターリア、あれは何をどうしようとしているの?」
「んー、あの鳥は大きいだけでクソ雑魚みたいだから、わざと距離を取って下りて来た所を近くに居る奴が対処するって事なんじゃないかなっ!」
「あ、だから私が狙われたら長引くのか……」
「いいや。こっちに来たらあたしがその場で挽肉に変えたげるから、大丈夫だよっ!」
――なんにも大丈夫じゃ無さそう。
超絶過激派、ナターリア。言う事がいちいち空恐ろしいし、中途半端に猫被っているのも非常に不気味である。最近、彼女は裏表の落差の激しさに自分自身もついて行けていないのではないだろうか。
何故かナターリアについて深く考察していたメイヴィスの思考回路は、戦闘民族達が放つ闘志だか殺気だかで中断させられる。さっきまで和気藹々とキノコ狩りをしていたはずなのにおかしいな。