03.犬派と猫派
言い淀んだのを、犬が好きか猫が好きか考え倦ねていると取ったのか、すかさずヒルデガルトが口を挟む。どっち付かずの人間を味方に引き込もうという気概がひしひしと感じられた。
「メヴィ、犬は良いですよ。犬は。飼い主に従順且つ行動的。私は圧倒的に犬支持派です!」
「は、はあ……」
犬と聞いて、先程ギルドまでご一緒したギルドマスターのご子息の存在を思い出した。彼は確か大きな犬と一緒に旅をしていると言っていたはずだ。巷では犬派の方が多いのだろうか。
割とどちらでも良い話題をぼんやりと思考する。一方で、ナターリアは彼女の意見に真っ向から反対のようだった。
「ハァ? 猫の方が良いに決まってるでしょ。何より、あたしこそが猫! つまり、あんた達は猫が好きって事よ!」
「微妙に正論そうに聞こえる暴論! そういえば、ナタ、ネコ科だったね。今日は被ってる猫も剥げているけど」
ネコ科の化身である獣人、ナターリアは全面的に猫派らしい。ぶっちゃけ、どっちが好きだろうと人の勝手であると思わざるを得ない。得ないのだが――悲しいかな、女2人の視線は自分を射殺さんばかりに爛々と輝いている。安易な逃げは許さないと言いたげだ。
そんな殺伐としつつ内容はふんわりした会話。何故かそれまで黙っていたアロイスが神妙そうな顔で口を開いた。
「ナターリアには悪いが、俺は犬が好きだな。勿論、猫も可愛らしいが――如何せん、犬との関わりしかない。判断材料が少ないな」
「アロイスさん、この話題ってそこまで真面目に取り組まなくて良いやつです。多分……」
メイヴィスの小さな小さな声はしかし、「やはりそうですよね!」というやけに力強いヒルデガルトの声によって完全に掻き消された。
「私も、騎士時代には犬と共に仕事をしていました。アロイス殿のところも?」
「そうだな。犬は鼻が利く。俺もたまに彼等の世話になったものだ。主に、人捜しなんかで」
「騎士が人捜しする事ってあるんですか?」
「あるな。重鎮の息子が居なくなっただの、やれ誰かが誘拐されただの。とにかく人捜しのレパートリーは豊富だったな」
――物騒極まりない人捜しだ。人攫いが横行しているのか。
戦々恐々としていると、ナターリアが再度訊ねてきた。
「それで? メヴィ、あんたはどっちなのよ」
「え、私? いや、動物なんて関わりがなさ過ぎてなんとも……。強いて言うなら兎が好きかな」
「ウサギぃ?」
怪訝そうな目。それに対し、メイヴィスはアルケミストとなる為に、師匠と旅をしていた遠い昔を思い出していた。
「ウサギはね、非常食にもなるし魔除けアイテムの実験台にもなる、とっても良い動物だからだよ」
「は、はあッ!? メヴィ、あんたの口からそんな残酷な真実を聞く事になるとは思わなかったわ……。そういえば、話を聞く限りあんたの師匠、大分アレな感じだものね」
「アレて。あまり否定は出来ないけども」
今まで触れ合って来た動物などそのくらいなものである。何より、固定された家も資産も無いので動物を飼う余裕など欠片も無い。
しかし、流石に今の発言は全くの失言だったようだ。あのアロイスでさえ、目を細め、どことなく可哀相なものを見るような目をしている。哀れみの目のまま、騎士サマに軽く肩を叩かれた。
「メヴィ、今からでも遅くは無い。用心棒、番犬として犬を飼ってみるのはどうだ? さっきの大型犬くらいのサイズで」
「いや、誰が世話するんですか。私には出来ませんよ、犬の世話なんて」
動物は正直、見ているだけで十分だ。連れて帰りたいとはあまり思わない。
そう薄ぼんやり思っていると、視界の端にギルドマスター・オーガストの姿が写った。誰か捜しているのか、と現実逃避的な思考が膨らむ。と、彼は目が合った瞬間、ずんずんと大股で近寄ってくる。
これはこの中の誰かに用事があるパターンだな、と思考が急速に現実へと引き戻された。仕事の時間か、或いは個人的な用事か。
目の前までやって来たオーガストはいつも通り元気溌剌と片手を挙げた。ポーズが様になりすぎている。
「やあやあ、諸君!! 休憩中のところ悪いが、メヴィを借りても良いだろうか!!」
「あ、私ですか? ごめん、ちょっと席外す」
予めそう宣言し、席を立つ。割と見慣れた光景だからか、残った3人はいってらっしゃいとあっさり手を振った。たまにしか帰って来ないからか、ギルドへ戻ると必ず彼に呼ばれる気がする。