02.オーガストと旅人
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程なくして久方ぶりのギルドへ到着した。相も変わらず大賑わい、ひっきりなしに人が出たり入ったりしているのが遠目にも分かる。
へえ、と同行者の彼は感嘆にも似た声を上げた。
「予想の倍はデカいな。ちゃんと運営出来てんのかね、これは」
「運営? そうだな、俺が見ている限りでは効率的に内部は動いていると思うが」
「そういうもんかね。俺にはこれをどう動かせば正常に作動するのか見当も付かないぜ」
何故か急に運営方法について疑問を呈した彼は、特にそれ以上運営法について突く事は無かった。割と嫌煙されそうな話題の種だったが、本当にただ口にしただけらしい。
――と、不意にギルドマスター・オーガストがふらりと現れた。目立つタイガーマスクのせいで行き交う人々の中でも没個性と化さない異質さがある。
うわ、と事情を知らないのであろう同行者の彼は口を開いた。そりゃそうだ。何も知らない人間から見ればただの不審者――
「流石にありゃねぇだろ、アホか親父……」
「親父!? えっと、オーガストさんの息子って意味ですか!?」
「おうよ。俺はあの人に呼ばれてわざわざ来た訳だが、顔を隠したいにしたってもっと他にも良いもんあっただろ」
そう言った彼に関してはサングラスを着用している。顔全体は隠せていないが、目元を隠せていれば良いのだろうか。というか、父子揃って何故顔を隠そうとするのか。
そうこうしている内に、オーガストがこちらの存在に気付いた。今のところ彼は自分がアロイスと共に帰郷する度に出迎えてくれている。誰にも帰る事は言っていないのだが、どこから情報漏洩しているのだろうか。
人並みを掻き分けてズンズンと大股に向かって来たオーガストはこの1週間強の間でも一切キャラのブレない御仁だった。
「やあやあ! 君達の帰りを待っていたぞ、メヴィ! アロイス!」
「お久しぶりです」
息子であるはずの彼を一瞥したオーガストはやや声を潜める。内緒話をする、という程のボリュームではないが常日頃の大声からは想像も出来ない、一般的な声量となった。
「おっと、何故君達は一緒なのだろうか?」
「よお、道案内して貰ったんだよ。毎度そうだが、人を呼び付けておいて場所の説明が雑過ぎるぜ」
「そうだったか」
ちなみに、我等がギルドマスター殿は誰に対しても場所の案内が雑だ。と言うより、最早口頭で説明するのが苦手なのかもしれない。現地に行ってから場所を探す羽目になるのは日常茶飯事である。
自覚があるのか、肩をすくめて見せたオーガストは首を振るとその話題を強制的に終了させた。
「まあ、それは置いておいて、だ。せがれ――ブルーノが世話になったようだな! 捜しに行く羽目にならなくて感謝している!」
「構いませんよ。俺達はギルドへ戻って良いでしょうか」
「ああ! そうだったな! 折角、久々に帰って来たんだ、好きなように過ごすといい!」
アロイスに連れられる形で、オーガストとその息子、ブルーノとやらと別れる。一応見送りはしてくれたが、ギルマスがすぐに息子と会話を始めたのを見て、何か急用があったのだとすぐに分かった。
ギルドの中に入ってみると、どうやら壁紙を変えたらしい事にすぐ気がついた。葉巻を吸う者が多くいるせいか、一部煤けていた壁が明るい色へと変えられている。それ以外は全く変り映えの無い風景だ。
そして、賑わうロビーの中にはナターリアの姿もある。ヒルデガルトと食事をしているようだ。声を掛けてみよう。
「ナタ、ヒルデさん! お久しぶりです!」
「……あ! メヴィ! 戻ってきたんだねっ!!」
ジャガイモの冷製スープを飲んでいたナターリアが目を見開く。大袈裟に驚いたふりをしているようだが、内心ではあまり驚いていないに違いない。
一方で、前回帰った時は顔を合わせなかったヒルデガルトは綺麗な笑みを手向けてくれた。
「ええ、お久しぶりです。アロイス殿も、今度も長旅でしたね」
「ああ。なかなかに貴重な体験をさせて貰ったな」
「それは何よりです」
それより、とナターリアが半眼で口を開いた。うんざりしているような、何か認められない事があるような顔だ。普段は被っている猫が半分剥げかけているのが分かる。
「どうしたの、ナタ?」
「メヴィ……。あなたは――いや、今はそういうテンションじゃないわ。あんた、猫派? それとも犬派?」
「は?」
――急に訳の分からない事を言い出してどうした。
火に油となりかねない発言は、奇跡的に寸でで呑込めた。