14.召喚術の短縮
彼女は、イアンは確かに天才だ。それは間違いが無く、恐らく錬金術においても同様の天才性を発揮してくれる事だろう。
ただし、錬金術に興味が無い。教えた事はそつなく完璧にこなしてくれるのだろうが、新しい『何か』を生み出す事は出来ない存在。天才性とは方向性があるのだと悟った瞬間だ。偏に天才と言っても、分野があるという事か。
「メイヴィスさん」
「はい? あ、何だかメイヴィスさんって聞き慣れないなあ。メヴィって呼んでくれていいよ、みんなそう呼ぶから」
「そうですか。それで、私から一つ依頼があります」
「えっ、君から?」
――良いけど相応の報酬は貰うよ。
とは、流石に言えなかった。その辺りの事を理解してくれているとは思うが。
「私、召喚術というものを最近扱うようになりまして」
「えっ、君が!? 私は触った事が無いけれど、随分難しい魔法だって聞いてるよ?」
「マニュアル通りですから。それで、その召喚術というのが気怠くなってしまうくらい術式を編むのが面倒なのです。どうにか短縮する為のアイテムを作れませんか?」
返事に窮した。
と言うのも、先程述べた通りさわりだけでも召喚術を学んだ事はないからだ。そういう魔法があり、召喚獣を戦わせる技術が存在する、その程度の認識。
そもそも召喚術は単純に金が掛かる。
使用する召喚獣を入手する方法で最も簡単なのが、売人からキメラを購入する事だからだ。たまに『猛獣使い』なる職業の人間がいるが、彼等彼女等は出会った魔物を仲間にする技術を持つのでコスト無しである。
ともあれ、錬金術の素材コストで今にも生活費が押し潰されそうな自分には関わりの無い分野だ。よって、学習すらまともにしていない状態。
黙り込んでしまったのを、「報酬次第」と考えているように捉えられたらしい。言い募るようにイアンが口を開く。
「勿論、報酬はお支払いします」
「えーっと、イアンちゃん。先に確認しておくけれど、錬金術の新しい、この世に現存しないアイテムを作り出せって依頼した場合、割ととんでもないくらいの額を請求するけど本当に大丈夫? ちなみに、烏のローブは前金でトランク一杯の金銭を貰った訳だけど」
「それを支払ったのは私の父ですから。同じようにお支払い致します」
――それってイアンちゃんのお金じゃ無くない?
心配になってきた。ただ働きさせられると、破産してしまう職業。せめて前金を積んで欲しいが、子供相手に金の話はしたくない。
更に、その依頼に関しては自信が欠片も無いのだ。前金を自ら強請っておいて、出来ませんでしたじゃお話にならない。
「……まあ、いいか。分かった、出来る限りの努力はするよ。召喚術を短縮するアイテムって事で良いかな?」
「よろしくお願い致します」
「はいはい、毎度。あ、ところで今からリビングに戻るけれど、これお土産」
「……?」
大量にストックしておいた魔石粉の袋を1つ手渡す。ルーファスに売り払ってしまった物の残りだ。自分用にと思っていたのだが、なんちゃって弟子に教えている内に何だか可愛くなってきてしまったので、せめてもの気持ちだ。
手の平に謎の粉を乗せた少女はもう一回首を傾げた後、僅かに目を細めた。
――え? もしかして笑った?
「メヴィさん、リビングに戻るのでしょう?」
「あ、はい……」
気のせいだったかもしれない。
***
リビングに戻ってみると、残してきたアロイス、フィリップ、ルーファスに加えもう一人眉目秀麗な顔が増えていた。言うまでも無く、メイヴィスのスポンサーことジャックだ。長い足を組み、まるで我が家のように寛ぎながら茶菓子を食べている。
「おや、お帰り。どうだった、イアン?」
ルーファスがニヤニヤと笑みを浮かべながら訊ねる。が、イアンの視線は新しく加わったスポンサー様に釘付けだ。やはり親子なのだろうか。
視線を受けて、スポンサーが重々しく口を開く。
「イアン、メイヴィスに世話になったそうだな。どうだった?」
「錬金術を学んで参りました。ところで、メヴィさんに一つ依頼を――」
親子とは思えない事務的な連絡の数々。良いお家の出らしいし、これが普通なのだろうか。口を挟むのも野暮だと黙ってやり取りを見つめる。不意に、アロイスから手招きされた。トコトコと保護者の元へ歩み寄る。
「イアン、立っているのも何だ。座ると良い」
「あっ、はい。お邪魔します……」
このロイヤルセットの中に混ざる度胸は皆無だったが、人の家でただ突っ立っているのも何だか悪い。居心地の悪さを覚えながらも、イアンはアロイスの隣に腰掛けた。今気付いたけど、凄く近くない?