11.急ぎの案件
前に出たのはアロイスだった。普段、神魔物ですら喰ってしまうような激しい戦闘に身を投じている彼にとって、村人など動く的と同じ。軽快なペースで、躊躇う事無く相手を着実に切り伏せていく。
が、そんな彼の予想は大当たりだった。肩口から袈裟懸けに斬り裂かれた村人の一人がすぐに起き上がるのを目の当たりにする。
我に返ったメイヴィスはローブからロッドを取り出した。身の丈以上の長さを持つ杖ではなく、非常に短い腰のベルトに差すような杖だ。
以前、ナターリアに指摘されたモーションの遅さ。
それは魔道職全般に当て嵌まるのだが、今回作成した杖は初動の遅さを完全にカバーする物となっている。
立ち上がって来た村人に向かって、それを軽く振るった。
瞬間、術式も動作も何もかもをすっ飛ばして立ち上がった相手の足を氷付けにする。魔法と言うにはささやかな威力ではあるものの、足止めするのにこれ程適した武器は無いだろう。
案の定、地面に足を縫い付けられたその人物は意味不明な呻き声を漏らしながら、足を引き抜こうと躍起になっている。
本来は大規模魔法を使う前の足止め用と思って作ったが、相手が戦闘のいろはも分からない素人にはここまで嵌るのか。妙な感動を覚えつつ、次から次に足下を襲撃する。魔力は魔石から組み上げているので、効力が無くなるまではつまり撃ち放題だ。
「メヴィ、こっちだ!」
「はい! アロイスさん!!」
アロイスが作った道をひたすら駆ける。火事場の馬鹿力というやつだろうか、息切れもするし足も痛いが、その足が完全に止まる事は無かった。
そんなメイヴィスが足を止めたのは、先を走っていたアロイスその人が急に走る足を止めたからだ。
「どっ、どうしました……!?」
「湖まで後退したな」
見れば、確かにエジェリーの居る洞窟がある湖まで逃げて来ていた。暗くてよく見えなかった。
しかし、ゾンビのように村人達は際限なく追い掛けてきている。この鍵が狙いなのは間違い無いが、それにしたって体力が底無し過ぎるだろう。アロイスは既に気疲れなのか何なのか、あまり顔色が良くない。
「どうしますか? このまま、進んだ方が良いのでしょうか」
「いや、水中戦は分が悪い。俺の攻撃で水泡が破れてしまえば即お陀仏だ」
「ええっ!? どうすれば……」
「メヴィ、俺が足止めする。その間にエジェリーを開放して来てくれ。この湖は恐らく、そのまま海へ繋がっている」
「足止め!? アロイスさん、もう疲れ切ってるように見えますけど……」
「ただの気疲れだ。心配しなくて良い。取りこぼしはしない」
釈然としない方法ではあるが、それ以外にどうしようも無いのもまた事実だ。何せ、自分では村人の足止めを満足に出来ない。であれば、なるべく早く事を終息させ、アロイスの負担を軽減するのが役目だろう。
素早く行って、そして帰って来る。
他に方法は無いと覚悟を決めた。
「分かりました、私行って来ます! すぐに戻りますから!」
「頼んだ。一人にしてすまない」
鍵を渡されたので、ローブの中に仕舞い、代わりに潜水アイテムである真珠の空気玉を取り出す。それを起動させつつ、メイヴィスは湖へと身を躍らせた。一瞬の浮遊感の後、空気砲が水に浸かる鈍い感覚。
周囲の壁に空気玉をぶつけないよう細心の注意を払いながらも、光を灯して例の洞窟へと急ぐ。
***
およそ5分程でエジェリーの待つ洞窟へと辿り着いた。上に人が集まっているからか、最初に来た時同様、彼女以外の姿は無い。
「エジェリーさん、鍵持って来ました!!」
「ありがとう……。あら? 彼はどこへ……?」
事情を説明しながら、鍵を取り出して鍵穴に差し込む。偽物を掴まされている可能性も否めなかったが、すんなりと鍵は鍵穴へと収まった。安堵の溜息を吐きつつ、ガチャガチャと鍵を回す。
「あ、開いた! エジェリーさん、開きましたよ!」
「急いでいるのね、貴方……」
自由の身となったエジェリーがのそのそと檻から出て来る。ずっと運動出来ない環境にいたせいだろう。足取りは酷く覚束無い。生まれたての子鹿みたいだ。
陸上に上がった彼女の足は魚の尾びれから人間の2本脚へと変わる。陸上では間違い無く人の姿をしているのだと、妙な所で感心してしまった。
「わっ!?」
と、不意にエジェリーがよろめいた。慌てて受け止めた彼女の身体は羽のように軽い。不安になってくるような、実は中身が空っぽなのではないかと疑ってしまうような感覚。
ゾッとしていると、彼女は薄く笑みを浮かべて口を開いた。それは嬉しそうでもあり、同時に仄暗い表情でもあると知覚する。
「ねえ、メイヴィス。再生限界、という言葉を知っている?」
「え、何ですか急に。あの、すいません、急いでいるんです……。それってアレでしょ、私達が昼来た時にエジェリーさんが言ってた奴ですよね」
曰く、人魚の肉を摂取し続けなければやがては不老不死ではなくなる、とかいう。そういうニュアンスの問いに人魚はゆっくりと頷いた。とにかく行動がスローリィで焦りばかりが募っていく。