10.真夜中の集会
しかし、そう簡単に事は運ばなかった。
パッと頭上からの光が降り注ぐ。メイヴィスが使用している光球ではなく、備え付けの電気が付けられたのだと一瞬後に気付いた。
家主と鉢合わせる。
夜中だと言うのに休む為の格好ではなく今から出掛けるかのようにベストを羽織っていた。ともあれ、鉢合わせした妙齢の男が目を見開く。
「ど、泥ぼ――」
言葉は最後まで続かなかった。
素早く詰め寄ったアロイスが片足で男の足を払い、床に転がす。そのまま犯人を確保するように押さえ込んだ。あまりの早業に残像程度しか見えなかったが多分そうだ。
男――恐らく村長に対し、アロイスが聞いた事も無い低い感情の伴わない声を掛ける。
「人魚の檻の鍵はどこだ」
「ひっ……!? お、お前達も……」
怯えた表情を見せながらも村長は歪な笑みを浮かべた。酷く邪悪な、人間の闇を具現化したような笑みを。
「お前達も、なりたいのか? 不老不死に……」
「不老不死か。……ああそうだな。俺達も連れて行ってくれないか、あの洞窟に」
自嘲めいた彼の笑みは村長には見えていないのだろう。その引き攣った笑みを見ただけでアロイスが事をスムーズに運ぶ為に出任せを言った事は分かる。なので、メイヴィスもまた訂正しはしなかった。
自身を押さえ付けている騎士の憂い顔など見栄はしない村長が不気味な笑い声を上げる。
「ひひひ、そうだよな。死なない身体になりたいよなぁ……」
「いいから早く、鍵を寄越せ」
「くひひひ」
そうっとアロイスが村長を開放する。抵抗しても敵わないという事実には気付いているのか、彼はよろりと立ち上がるとあっさり背を向けて歩き出した。付いて来い、と言わんばかりである。
これは素直に同行していいものか。アロイスに目配せする。
何かを一瞬だけ思案した彼はややあって、渋々と頷いた。自ら村長の後を追い始める。
廊下を少し歩いた先、一番奥の部屋だった。他の部屋と比べて如何にもと言った自己主張と、特別感を匂わせる部屋だ。
不気味な笑い声を上げながら村長が部屋の鍵を開ける。
見えた光景に、メイヴィスは息を呑んだ。
「ひっ……!?」
その部屋には机が1つと、後は大量の棚しか無い部屋だった。ただし、並ぶそれらは恐ろしい光景を想像するに足るものである。
赤黒い液体が入った大量の瓶。
棚のいくつかは黒い布で覆われており、中が見えない。ただし――そう、何だか薬品の強い臭いがする。メイヴィスも使った事がある、防腐剤の臭いだ。親しみがあると言えば親しみがあるものと言えるだろう。
怯えている、恐れを抱いている事に気付いたのだろうか。アロイスに肩をトントンと叩かれた。唇が小さく動く。曰く、「気分が悪いのなら外へ出ていていいぞ」との事だ。
しかし逃げ出す訳にはいかない、と首を横に振る。
心を落ち着かせていると、どこか夢見心地な村長の声が耳朶を打つ。
「この中の物じゃ……嫌なんだろぉ? そうだよなあ、腐ってるかもしれないからなあ……」
――正気では無さそうだ。
アロイスが苛々と腕を組み替えているのが見える。
「良いから早く鍵を出せと言っている」
「くくく……。鍵、鍵ねえ……。湖に潜ったのかよ、お前等」
「……」
「そういえばさぁ、12年くらい? 前に来た、錬金術師とか言ってた男もさあ? 持ってたんだよなぁ。あの湖を潜るための、何だっけな、道具を」
錬金術師。聞こえて来た不穏な単語に眉根を寄せる。同業者はそこそこ居る職業だが、どことなく自分と造る物が似ているのが不気味で堪らない。勿論、メイヴィス自身は12年前などにこの村へ訪れた記憶は無いので提供した物ではない。
言い知れない気持ちの悪さを感じていると、机から鍵を取り出した村長がそれを見せつけてくる。
「貸せ。……いや違うな、返すつもりはない。貰うぞ」
半ば引ったくるようにしてアロイスがその鍵を取り上げる。村長は正気を失った笑い声を上げるだけだ。急に襲い掛かって来たりしないだろうな、と背後を警戒しつつ不気味なのでアロイスを急かした。
「い、行きましょう、アロイスさん」
「ああ。先を歩いてくれ、メヴィ。何をしでかして来るか分からない」
背後に注意を払うアロイスがこちらを見ずに背中を押す。慌てて部屋から退避した。
外に出て、どうして村長があっさり鍵を渡したのかを理解する。何と、松明を持った村人がゾロゾロと家を囲んでいる。そこに昼間の和やかな雰囲気は無く、ただただギラついた光を讃えた目をしているだけだ。
酷く飢えているかのように。
或いは、理性を持たない獣のように。
一瞬前までは絶句していたアロイスだったが、やがて何とも言えない表情を浮かべた。諦観にも似た、複雑な感情をしかし感じる意味について問うような。
「……刃物を持っている人間に対して恐怖を抱いていないな。メヴィ、恐らく奴等は『不老不死』だ。倒すのではなく、切り抜けるぞ」
「わ、分かりました」
「加減はするな。ああいった手合いが得意とするのは物量戦だ」
死なない兵士。それはつまり、無限に何度でも立ち上がって向かって来るという事だ。村長が余所行きの格好をしていた理由がはっきりした。今日は運良く、または運悪くエジェリーの肉を採取しに行く日だったのだろう。