2話 魔道士の国

14.戦場における立ち回りについて


 しかし、それだけでは終わらなかった。
 メイヴィスの救出に掛かり切りになっていたアロイスは、自分の得物を回収出来ていない。そこへもう1体残っていたアトノコンが襲い掛かった。
 とはいえ、アロイスの表情からして魔物の攻撃は予想の範疇だったのだろう。バックステップしながら利き手ではない方の腕で頭を庇う。回避しながらの防御行為、それでもアトノコンの鋭い爪がアロイスの腕を抉った。

「あ、アロイスさん!」
「メイヴィス、刃物は!?」

 刃物は持っていないか、という問いだろう。慌ててローブを探るとサバイバルナイフが出て来た。護身用に持ち歩いている物で、使った事は一度も無いほぼ新品の刃物だ。どうやって渡すべきだろうか。

「投げろ!!」
「は、あ、はい!」

 遠慮がち、ふんわりと放物線を描いてナイフがアロイスの元へ飛んで行く。それを軽くキャッチした彼は再び伸びて来たアトノコンの腕を寸前で回避。
 地面に突き刺さった腕を駆け上り、その顔面へ向けてナイフを突き出した。
 ナイフの切っ先は唯一剥き出しだったアトノコンの眼球を一思いに貫き、柄が埋まった所で止まった。小さく悲鳴を上げた魔物が横倒しになる。巻き込まれないよう、アロイスがひらりと身を翻して着地した。

「あ、アロイスさん……! 大丈夫、ですか?」

 自分の過失で怪我をしたのだ。少なからず言いたい事があるに違い無いアロイスはしかし、いつも通りの穏やかな挙動で首を縦に振った。

「ああ、無事だ。悪いが武器を回収する手伝いをしてくれないか?」
「先に応急手当しましょう! ちっ、血が、出てますし!!」
「情けない事だな。腕が鈍ったようだ……」

 ――いや私が荷物で本当にすいませんでした!!
 明らかに不要な横槍がアロイスのペースを乱してしまったのだろう。戦闘のいろはも分からないくせに、余計な手出しをするべきじゃなかった。

 げんなりした気分になりながら、応急手当用の治癒魔法が納められたマジック・アイテムを取り出す。それを先程の氷魔法と同様に発動させた。
 とはいえ、治癒魔法に必要なのは才能。出来る者は何より自由にその魔法を扱うが、そうでない者は苦戦する変わったタイプの魔法だ。ギルドにいた治癒魔法師に手伝って貰ったが、それでも自分が使えば性能は見劣りする。
 アロイスの傷を塞ぐには至らなかったが、止血程度の効果はあった。それが事実だ。

「う、す、すいません。私、治癒魔法との相性があまり良くなくて……」
「構わないさ。治癒魔法師は才能と魔力量が命。どちらも兼ね備えている人材は少ない。それより、力仕事をさせて済まないな」
「いやホント、私がやらかしたせいで……。馬車馬のように働くので、そっちの腕は動かさないようにして下さい。こんなんじゃ、すぐに傷口が開いてしまいます」

 アロイスが苦笑する横で、まずは貸したナイフを引き抜く。ずるり、とした骨の髄が凍るような感触に顔をしかめた。
 そして同時に元の目的を思い出す。アトノコンの液袋を採集しなければならないのだった。液袋、という器官が体内のどこにあるのかは不明だが、この表皮アトノコンを剥がさなければそこへ到達出来ないだろう。
 まずい、思いの外重労働だ。アロイスの傷が開いてしまう。

「やはり1人では無理だな。帰りに何も出会さなければいいが」

 不穏な事を口走りつつも、アロイスは結局最後まで手伝ってくれた。案の定、怪我は悪化したのだから目も当てられない。申し訳無さで一杯である。
 液袋を3つも回収し、帰路へ着いた。

 本日の被害。
 アロイスが負傷、その後の重労働で更に悪化。そして――愛用武器の刃欠け。持ち主曰く、次硬い物を叩いたら、多分ここから大剣が真っ二つに折れるとの事だ。