13.アトノコン
「メヴィ、そこから絶対に動くな。お前がどこへ行ったのか把握出来ない状況は危険だ」
「あ、はい。了解です」
メイヴィスがそう答えるや否や、アロイスは3体もいるアトノコンの群れに飛び込んだ。囲まれる心配を欠片もしていないのが、心配だ。アイテムボックスである身分からすれば、魔物に囲まれる事、即ち死である。
こちらがハラハラしているのを余所に、アロイスはアトノコンに刃を振り下ろす。金属と鉱物がぶつかる甲高い音が響き渡った。
そして見る。
アトノコンを覆っていたパールのような鉱物が浅く割れ、そこから小さく血が流れ出ているのを。あれだけ思い切り振り下ろしたにも関わらず、掠り傷のような傷のみが付いただけ。
――アロイスさんの物理攻撃では予想以上に分が悪いかもしれない。
一瞬だけ静まっていた不安がムクムクと頭をもたげる。
「アロ――」
一旦身を翻してアトノコンの群れから離れたアロイスが、再び先程傷を付けた一体へ向かって行く。それを受けて狙われている魔物もアロイスへと突進して行った。発達した後ろ足で地面を抉りながら、彼へと爆進する。
闘牛でもやっているかの要領でひらりとアトノコンの突進を回避し、身を翻しながら先程付けた傷の上にもう一度大剣を振り下ろす。
ギッ、という齧歯類のような鳴き声を上げたアトノコンの一体を労るように、他のアトノコン2匹もざわついている。
そこへトドメと言わんばかりにアトノコンの背に飛び乗ったアロイスが大剣をその背に突き立てた。刃の中程まで埋まり、3体いた内の1体が大きな音を立てて倒れた。
「あ」
素っ頓狂な声を上げたのはメイヴィスだったのか、それともアロイスだったのか。
倒れたアトノコン1体の表皮を覆っていた硬質な物質は、彼が割った部分以外は残っている。それに挟まり大剣を引き抜き切れないまま、魔物は倒れたのだ。
このままではアロイスが丸腰のまま2体の相手をしながら、もう一度得物を拾わなければならなくなる。
その無防備な間の時間稼ぎを出来るのは――たぶん、自分だけだ。
ローブに手を突っ込んで、氷魔法を内包したマジック・アイテムを取り出す。ウタカタ戦で使ったアイテムと同じものだ。
「アロイスさん! これ、使います!」
「いや、ちょっと待っ――」
「え」
完全に連携をミスった感じが否めない。止めるべきだと聞こえた声と、スローインする気満々だったメイヴィスの手。
二つの指示は相反し、結果としてアトノコン2体には届かない位置にアイテムを投げるという、アイテムをドブに捨てるような行為を取ってしまった。関係の無い場所が凍り付き、同時に魔物達の4つの目がこちらを向く。
その一瞬後、アトノコンの1体がこちらへ向かって突進して来た。
「ひぃぃぃっ!!」
もう1個、先程のアイテムをアトノコンに投げつける。的が大きかったからか、それは見事足下に炸裂。魔物の足を止めた。
――ただし一瞬だけ。
アトノコンは自らが生成する鉱物、アトノコンに覆われている。つまり今見えているのは皮膚でも何でも無い。硬質さをそのままに、凍り付いた地面ごと足を引き剥がした。その際、付着していた鉱物が一部剥がれる。アトノコン自体は硬いが皮膚にピッタリとくっついている訳では無いようだ。
「メヴィ! そのまま真っ直ぐ後ろに下がれ!!」
「えっ!? あ、ああ、はい!」
自分の足ではすぐ追い付かれると思ったが、他でもないアロイスの言葉だったので素直に応じる。
走りながら背後を見る。丸腰のアロイスが直線上に並び、ぶつぶつと何か唱えたかと思えば、その手から輝く光が迸った。間違い無く雷系の魔法。
効くのかと思ったが、どうやら彼が狙ったのはアトノコンが一部剥げた足の裏。背後からの強襲で目論見通りの場所に魔法を叩き込んだ。
焦げ臭い。香ばしくも不快な臭いが漂い、大きく身体を跳ねさせたアトノコン2体目が地面に倒れた。