08.知らない素材
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ユリアナのいる1階へやって来た。店内にはチラホラと客の姿もある。皆が皆、魔道ローブ姿だ。マジック・アイテムを買い付けに来るのは何も魔道士ばかりではないのに。
そんな中、ユリアナはカウンターで今まさに客にお釣りを返しているところだった。作業が終わるのを待って話し掛ける。
「ユリアナさん。あの、リクエスト品を2つばかり終わらせたんですけど」
「わあ〜、もう終わったんですかぁ? 仕事が早いですね〜、メヴィちゃんは」
篭に入れたアイテムをユリアナに1つずつ渡す。それぞれの説明を交えながらだ。彼女も魔道に連なる者なのだろうか。特に何かを疑問に思っている風もなく、説明をそのまま受け入れるかのように頷く。
「分かりました〜。こっちのリクエスト品は〜、わたしが預かっておきますね〜。えーっと、ブースに並べるのは、メヴィちゃんがやりますかあ? それとも、わたしが出しておきましょうか〜」
「うーん、経営とかやった事無いし、お願いして良いですか?」
「ええ。分かったわぁ」
篭ごと品物をユリアナに渡した。
それと交換する形で、ちゃんと印刷された少しお堅い感じの『発注』と書かれた紙を手渡される。
「これは……?」
「それが〜、ちょっと真面目な感じの発注品で〜。お店にメヴィちゃんが、錬金術師が専属で付いてくれた話をしたら〜。是非これをお願いしたいそうなの〜」
「……アトノコン製の杖……?」
――アトノコンって何?
杖を作る時に使う材料なのかもしれないが、生憎と見た事も無ければ聞いた事も無い代物だ。しかも、よく見ると報酬金が凄まじい事になっている。リクエスト品の雑さとは縁遠い額にくらりと眩暈がした。
「出来ないようだったら〜、断っても大丈夫よぉ」
「出来る出来ないというか、アトノコンって何ですか? 高額の金属とかだったら、私の財産では厳しいかもしれません」
そう言うとユリアナは少しばかり驚いたような顔をする。
「メヴィちゃんの住んでいる大陸には〜、いないんですかあ? アトノコン」
「いないな。少なくとも、ギルド周辺と隣の国には確実にいない生物だ。魔物の類か?」
黙って自分達の話を聞いていたアロイスが訊ねた。ええ、とユリアナは首を縦に振る。
「アトノコンは〜、シルベリア王国とヴァレンディアの間、国境付近に出る魔物なんですよぅ。わたしは〜、シルベリアまで行ったことが無いので直接見たことはありませんけど」
「希少種なのか? ならば、我々が杖を作るという理由で狩ってしまっては顰蹙を買うというものだが」
「いえいえ〜。よく見掛けるそうですよぅ。それに〜、聞いた所によると、そう簡単に倒せちゃうような〜、魔物じゃないみたいです」
「そうか……。どうする、メヴィ? 俺は勿論お前に同行するが、敷居が高いと思うのならば止めた方が良い」
――アトノコンか。聞いた事の無い物質だけど、余ったら別の用途にも使えるかもしれない。見た事の無い素材は、出来るだけ収拾しておくにこした事は無いだろう。
「えーっと、アロイスさんさえ良ければ行きたいです。アトノコン、杖に使うって事は魔力を含む物質なのかも……」
「そうか。ではそうしよう。ユリアナ、もっとアトノコンについての情報は無いのか? 戦った事の無い魔物の情報は、出来るだけ集めておきたい」
すいません〜、とユリアナは首を横に振った。少しばかり申し訳無さそうに目尻が下がっているのが分かる。
「わたしも〜、詳しい話は知らないんですよ〜。でも、フィリップ様なら何か知っていらっしゃると思います〜」
「館の主人か。……メヴィ、討伐へ行く前に話を聞きに行って良いだろうか?」
「え!? 勿論、行きます!」
そういえば、フィリップはこの国でどういう立ち位置なのだろうか。ユリアナは店を貰っているのだから知っているとして、住人は彼の存在を知っているのか。
「ユリアナさんって、フィリップ……様? とはどんな関係なんですか?」
「どんな、と言われましても〜。わたしは店を借りているので〜。恩人って感じでしょうねえ。でも〜、ヴァレンディアの皆さんはフィリップ様に好意的だと思いますよぅ。色々と援助して貰ってますから〜」
若干だらしない感じのあるおじさまだと思っていたが、やるべき事はちゃんとやっているという事か。
ともあれ、日が落ちてからしか館に出入りできないので、それまでは何か別の事でもしておこう。そういえばまだヴァレンディアの観光にも行っていない。
「アロイスさん、あの〜、えっと、街を見てみませんか? あれ、えっと、日が落ちてからじゃないと館に戻れないし……」
「それもそうだな。というか、最初からそういう話だっただろう?」