02.案内人のシオン
それにしても、ギルド周辺には無かった風変わりな建物が多い。マジック・アイテムの店なんて既に3軒目だ。魔法道具がこの近辺では流行っているのだろうか。とても魔法が近い場所にある地域だと言って良いだろう――
「初めての地に興味を持つのは素晴らしい事ですが……。どうか落ち着いて下さい。旦那様にお会いした後は、貴方方の好きにして良いですから」
「うっ、す、すいません」
あまりにもキョロキョロしていたせいか、シオンにそう窘められた。彼女は前を歩いており、こちらなど見ていなかったがそわそわとした空気がダイレクトに伝わっていたのだろう。
ところで、と話を変えるようにアロイスが案内の背へ声を掛ける。
「結局の所、旦那様とやらはどのような人物だ? 土産も何も持っていないが」
「構いません。旦那様は血統書付きの吸血鬼。寛大な心を持って許して下さる事でしょう」
「吸血鬼!?」
お伽話の中のような単語に素っ頓狂な声を上げる。シオンの気を悪くしてしまったかと思われたが、彼女は僅かに肩を揺らして嗤うだけだった。もしかしてからわかれている?
「エディス様から聞いていないのですか?」
「いやあの、エディス様って誰ですか?」
「貴方のスポンサーでしょう、メイヴィス様。とはいえ、彼の御仁はよくころころと名の変わる方ですからね。違う名を名乗ったのかもしれません」
――名前すら知らないんだよなぁ……。
オーガストに差し止められたので、スポンサーの個人情報は一切知らない。顔しか分からないが、大金を援助してくれる。これだけ聞いたら、酷く犯罪臭が漂っているように感じるのは何故だろう。
「俺達は彼の名前を知らないな。しかし、我等がマスターがそれで良いと言うから詮索するつもりもない」
「そうでしたか。と、話が脱線しましたね。とにかく、吸血鬼は実在致します。旦那様はそれを否定されたところで怒りはしませんが、いる、という体でお願い申し上げますよ」
吸血鬼――実在するのか、しないのかは永遠のロマンだ。とはいえ、こちらとしては『いる』方が夢があって良いとも思うが。
「あーっと、アロイスさん、は、吸血鬼を信じていますか?」
「居るとも思えないが、居ない事も証明出来ないな。個人的にはいる方が面白いとは思うが」
「ですよねー。あと、人魚とかもいた方が夢があって良いですよね」
「人魚か……。吸血鬼が実在するのならば、恐らく人魚も実在するだろうな」
アロイス独自の線引きはよく分からないが、言わんとする事は理解出来るような。この辺りは同列で語られているし無理も無い事だが。
***
「あの、その、遠くないですか?」
街を抜けた先、まだ開拓が進んでいないのだろうか。獣道と言うよりは若干しっかりした道を進んで行く。シオンが見た目の割りに体力があるせいで、歩くペースはまるで落ちない。アロイスは言うまでも無く涼しげな顔をしている。
「ええ、旦那様の館は少し入り込んだ場所にあるのです。この辺りは出来るだけ自然を刈り取らぬよう、国の皆様にもお願いしていますからね」
ここが大自然に囲まれているのは意図的だったのか。げんなりしていると、アロイスが肩を竦めた。
「すまないシオン、少し速度を落としてくれ。このままではメヴィが倒れる」
「え? ああ、すみません。なるべくゆっくり進んでいたつもりだったのですが。何分、私は日焼けが酷い質でして」
見れば、彼女は出来るだけ肌を晒さないような格好をしているものの、首筋なんかが赤くなっている。長時間日光に晒された後のように。勿論、今日の日差しはそこまで強くもなければ、赤く腫れる程長時間歩き続けている訳でも無い。
「うわっ、本当だ。肌弱いんですね、気にせず進んで良いですよ」
「いえ、貴方様をお連れする事が私の役目。お気になさらず。見苦しい事にはなっておりますが、私もまた人間と比べれば治りは早い方なのです」
「お前も吸血鬼とやらなのか?」
「私にそれを名乗る程の濃い血は流れていません。失礼にあたるので、お控え下さいね」
悪い事をしてしまった。体力が無いばかりにひりひりと痛そうな思いをさせる事に、罪悪感が湧き上がってくる。
しかし、シオン本人もそれについてそれ以上の言及をしなかったので口を噤みざるを得なかった。本当に申し訳無い。