10.解毒剤
行くぞ、とエサイアスに呼ばれる。
「悪い、後は頼んダ」
「ああ! 魔物狩りは得意なんだ、気にするな」
爽やかにそう言ってのけたアロイスに気後れしている様子は無い。というか、このままスケルトン・ロードを倒してしまうつもりなのだろうか。それとも、今から撤退を開始する?
「あの、アロイスさん!!」
気付けば動じる事の無い騎士の背中に声を掛けていた。
動きの鈍い上位魔物に注意を払いつつも、少し怪訝そうな顔をしたその人が顔だけこちらを見る。
「それっ、その、魔物……倒すんですか?」
「そうだな。そのつもりだが」
「あの、えーっと、余裕があればで良いんですけど……その、肩に掛かってる、マント。その、回収して貰いたいっていうか、あの」
「……ああ! あれか! 了解した、回収しておこう」
任せろ、という謎の安心感がある一言まで頂いてしまった。というか、相手は腐ってもロードなのだがどこからその自信は湧いてくるのだろうか。
アロイス殿、とヒルデガルトが道ではない場所から顔を覗かせる。
「メヴィ殿は……! あ! すいません、ヘルフリート殿にですね、解毒剤を――」
「あ! はい、分かりました! ごめんなさい、エサイアスさん。待たせてしまって!」
ヒルデガルトと入れ替わるように、エサイアスを連れてナターリア達を捜す。存外近くにいたのか、耳の良い友人はすぐにこちらの存在に気付いたようだ。「こっちだよ!」、とまるで疲れを感じさせない溌剌とした声が届く。
「ナタ! 無事だった!?」
「うんっ! あたしは無事だよ! ヘルフリートさんはやらかしてくれたけどね」
最後の一言だけは猫が剥がれていた。ぐったりと蹲っているヘルフリートを運んで来たのは彼女なのかもしれない。何せ、獣人としての力と体力は目を見張るものがある。
「ヘルフリートさん、解毒剤とあと治癒用の魔法持ってますよ! 腕とか使えなくなったら商売あがったりですからね。任せてください。ウィルドレディアお手製なんで、よく効くと思いますよ」
「すまない……。何でも良いが、熱が出ているようなので、早めに頼む……」
「恐ろしい毒ダナ、トカゲ。オレはある意味メヴィと一緒でヨカッタのかもしれナイ」
ぜい、と高熱が出ているに違い無いぐったりとした息を吐き出したヘルフリート。毒避けのお守りは保たなかったのだろう。
透明な液体が入った瓶を取り出し、解毒キットに流し込む。アルコールランプに火を着けた。自動的に小さな小さな手の平サイズの鍋の中身がぐつぐつと煮えていく。そこに横から小さな水差しで青色の指示液を足した。
この液は既存の効能を裏返す指示を持つ。混ざり合うのもそこそこに、カップにそれを注ぎ込む。
「ヘルフリートさん、こっちのカップの液体は飲んでください。多分、大分毒が回っているので塗り薬だけじゃ毒が抜け切らないと思います。で、こっちの塗り薬は患部に塗り込んで下さいね! 終わったら声を掛けて下さい」
「飲む……?」
「はい。熱いので気をつけて。昔、飲んだ魔物学者のお兄さんは無味だって言ってましたよ」
――薬類を飲むのが嫌いです。そう言わんばかりの顔をしたヘルフリートがカップの中身を一思いに煽るのを眺めつつ、メイヴィスはアロイス達の方を振り返った。そういえば、成り行きで置いて来てしまったがアレをヒルデガルトと2人で討伐する気なのだろうか。
「ね、ナタ。アロイスさん達の手伝いに行かなくて良いのかな?」
「良いでしょ。ヒルデは手助けは要らないって言ってたけど。あ、でもメヴィがどうしてもって言うのならあたしが見て来てあげるっ!」
「えー、ちょっとお願いとか図々しい事してきた手前、気になる……。私も連れて行ってよ。逃げる時は私の事担いで行ってね」
「その発言が図々しいよねっ! まあでも? ヘルフリートさんと比べれば、きっとメヴィは羽のように軽いから平気だよっ!」
「悪かったな……。何か俺に当たり厳しくないか?」
行こっ、とナターリアに促され、彼女の後を追う。腕を思い切り引っ張られているので、どちらかと言うと引き摺られていると言うのが正しい。