3話 鍛冶師と錬金術師とミスリル

04.原材料達


 何となく口を挟み辛い雰囲気に上手い事水を差してくれたのは、この場に居る誰でも無かった。ガサガサと盛大な音を立ててぬっと姿を現す、大きな熊の魔物。凶悪な角と爪を持つ、分かり易く危険な魔物に見える。

「何か魔物が出て来たな。ここはすでに採掘場か?」
「いや、もう少し先に柵があるけど、そこからが採掘場。まだちょっと手前って所かな」
「そうか……。いや、向かって来るのであれば相手をしよう」

 アロイスが大剣を構える。瞬間、のそりと現れたのは2体の大熊の魔物だった。体格の良いアロイスですら見上げるような大きさだ。ちなみに、色は白と黒。番なのだろうか、魔物同士で喧嘩する様子は見受けられない。

「あ、あ、アロイスさん……! 私達は何すればいいんですか!?」
「何もしなくていいぞ。シノと一緒に下がっていてくれ」

 ――何もしなくていい、つったって……。
 ギラギラと輝く大きな爪を携えた熊。はっきり言って、これが魔物ではなく動物だったとしても人間が相手をするような存在では無い。

 困惑していたが、シノはあっさりとアロイスの言葉を鵜呑みにしたようだ。緩く腕を引かれ、戦線を離脱させられる。
 非難と抗議の目を向ければ、鍛冶師見習はわざとらしく肩を竦めた。

「大丈夫だって。本人もそう言ってる事だし、私達は楽させて貰おう」
「そうですけど……」
「何? 一人で魔物の相手をさせる事に引け目を感じてるの?」
「いや、っていうか、私達の都合を押し付けてるのに、後ろで観戦してていいのかなって」
「ああうん、モラルの話だったか。止めろよ、その発言に関しては私もちょっとくらいは考えたから」

 結果的に言えば、アロイスはこちらが心配するのがむしろ失礼に思えてくる程に手際よく魔物を解体した。

 まずは黒い毛皮をまとった熊。仕掛ける隙を与えさせず、大きく踏み出した一歩で斬り伏せる。怪我を負わせる、なんて生易しいものではない。厚い魔物の身体を抉り、袈裟懸けに切り分けたというのが正しいだろう。

 続いて白い方の魔物。相方が瞬殺された事で動揺する素振りを見せたが、すぐに怒りの咆吼を上げる。
 強烈な右フックをアロイス目掛けて放ったが、それは地面に突き立てた大剣を盾のようにして使った防御姿勢により、難なく弾かれた。

 ――からの、即カウンター。
 素早く立ち上がった元騎士は大剣を流れるような動作で引き抜き、黒い方の魔物と全く同じように肩口から腰まで体重を掛けて切り下ろした。

 一連の立ち回りを見ていたシノがひゅう、と口笛を吹く。

「いやあ、化け物化け物。凄いな、もう全部アイツ一人で良いんじゃないのか?」
「それしちゃうと、私達がただの集りになってしまうので頑張りましょう」
「そうは言うけど、私達が2人集まったって片腕のアロイスにも勝てないだろ」
「全然否定出来ないのが悲しいです」

 大剣を背負い直したアロイスがくるりとこちらを向く。その顔には今し方魔物を斬り殺したとは思えない、穏やかな笑みが浮かんでいた。

「メヴィ、毛皮を集めると言っていたな。これはどうだ? なかなかサイズもあるし、きちんと加工すれば冬場は温かいコートが着られそうだぞ」
「あっ……!? あ、ああ。あり、ありがとう、ございます……」

 シノの何か言いたげな視線を感じたが、振り返る度胸は無かった。我に返ったメイヴィスは慌ててアロイスの元へ走る。

「これはどうやって持ち帰る? 俺には出来ないが、この場で皮を剥ぐのか?」
「や、さすがの私にも……今この場で皮を剥ぐのは無理です。ので、元業者さんにお願いしようかと」

 言いながら、メイヴィスは懐からメモ用紙と万年筆を取り出した。そこに名前と注文を書き、ホッチキスで留める。
 続いて、更にポケットから別の紙片を取り出してそれもホッチキスで留めた。
 2枚目の紙片は魔術式が書かれている。これは転位用の魔術式で、起動させれば自動的に元革屋の彼の元へ届くようになっているのだ。

「それは?」

 楽しげな調子でアロイスに聞かれた。自分が知らない事を知るという事に関して、彼は酷く積極的だ。
 どぎまぎしながらも、メイヴィスは答えを口にする。
 説明を聞いた元騎士は得心したようにしきりに頷いていた。

「素晴らしいな、魔法。俺も暇が出来たら少し囓ってみようと思う程には。戦闘に魔法は必要ないが、私生活にはあると便利だろう」

 ――その時は私が教えますよ!
 と、心の中でそう言う。流石に面と向かって魔法を教えるなどという上から目線の発言は憚られた。

 代わり、曖昧な笑みを浮かべながら術式を起動させる。淡い光に包まれた毛皮の原材料達はややあって光の中に消えて行った。今頃、革屋のフリックは面倒な仕事を押し付けられたと苦笑している事だろう。
 不意にシノが割って入って来た。何故かうんざりしたような顔をしている。

「はいはい、仲良しも良けど、いい加減進むぞ。何かこう、お前達は見ていてムズムズしてくる。花粉症が発症しそうな、でもやっぱりまだのようなムズムズ感?」
「え、何ですかその無駄に的確な例え……」

 ほとんどシノに押されるような形で、クエストを再開する。というか、まずは採掘場に辿り着かなければならないのだが。