09.真珠の空気玉
――念の為、もう一度確認しておこう。
私物であるそのバッグは、海の家の、ロッカーの中に鍵を掛けて入れて来たはずだ。そして、その鍵は当然の如く今メイヴィスが所持している。
「ちょ、あの。これどうやって取り出したんですか!?」
「ごめんね、メヴィッ!マスターの命令で、ちょーっと開けちゃった!」
答えたのはナターリアだった。先程までぐったりとダレていたが、気を取り直したのか猫を被り直している。
「開けちゃったって、どうやって?」
「ピッキングを少々」
「犯罪!清々しい程に犯罪だよ、それ!友達じゃなかったら許されないやつ!!」
まあまあ、と何故か軽犯罪者に宥められる。そしてバッグを押し付けられた。何事も無かったかのようにオーガストが話の続きを始める。みんな頭がこの暑さで沸いているのではないだろうか。
「それで、メヴィよ!君は長時間海の中に潜っていられるようなマジック・アイテムを開発したと、去年言っていなかったかね!?」
「言いましたね、確かに」
それを使って盛大に去年は遊び倒した。とはいえ、原材料が真珠だったので1個数千という値を付けて売り払った、というのが正しいが。
「余っているそのアイテムを、全部私に売りたまえ!これから女王魚を討伐しに、討伐隊を組まなければならないッ!!」
「女王魚?」
アロイスが訝しげな顔をしたが、オーガストは輝く笑顔で言い切った。
「このアルト・ビーチ沖を遊泳していてなッ!奴のせいで、この浅瀬にまで魔物が溢れているようだ!!であれば、ボランティア担当の我々がそれを討伐する!実にシンプルな話なのだよ!!」
「道理ですね。討伐の役目は俺が引き受けましょう。その、メヴィが作ったというアイテムがあればの話ですが」
「イエスッ!君はホンットに話が早くて助かるよッ!!」
誰が討伐へ出向くかは決まった。となれば、あとは例のアイテムの在庫があるかどうかで全てが決まる。真珠は去年の夏に行ったクエストで養殖場の職員さんが分けてくれたものだ。あれの余りは無いだろう。
バッグからローブを取り出し、大きなポケットを探る。何かあった時の為に、予備2つは癖として取って置いたはずだが――
「あ、ありました。4つも!売れ残りかなあ……」
大粒ではあるが、少し形の歪んだ真珠が4つ。その表面には白い魔法式が描かれており、養殖場の職員からも「味があって良いねぇ」、と養殖場で働くよう勧誘された程だ。
「グレイトォッ!流石は卑怯と小狡さが売りのメヴィ!しっかりと予備を取っておくとはなッ!!」
「もしかして喧嘩を売られてます?」
「ハッハッハッハ!照れ屋さんめ!!さあ、それの使い方をアロイスに説明してやるんだ!!」
「……」
酷く釈然としない気持ちを抱えながらも、アロイスに向き直る。
「えーっと、真珠の空気玉の説明をします。アロイスさんにはさっきサファイアのマジック・アイテムを渡しましたよね?」
「ああ、貰ったな」
「あれは自動発動の魔法式を組み込んでいるので、勝手に発動するんですけど、これは手動だからちゃんと手順を踏まないと起動出来ませんし、最後終わる事も出来ないようになってるんです」
なに、とここでアロイスが初めてやや眉根を寄せた。
「それは――俺に発動の仕方を説明されても、すぐには使いこなせない可能性が高いな。魔法式は生活の中でも使わない」
「えっ、えー、あー、そういえば去年も確か、それが問題になったような……」
アイテムを渡した時、魔道士に分類される連中は使い方を聞かずとも自由にそれを扱うのだが、魔法を使わない剣士だのはここで足踏みする。そもそも、代償魔法は発動が複雑だ。魔法式起動から移行するのが難しいらしいが魔道士カテゴリの自分にはよく分からない悩みなので解決法は依然として見つかっていない。
「メヴィ、使い方は後回しにして、これがどういう原理で沖まで泳いで行ける事になるのかを先に説明してくれ。ものによっては戦闘のスタイルを変える必要がある」
「あっ、確かに。このアイテムは――」
真珠の空気玉。代償魔法であり、真珠を1つ犠牲にして人をすっぽり包み込めるサイズの気泡を作り出す。結界魔法の一種なので一点にかなり強い衝撃を与えられたりしない限りは、それが破裂する事は無いだろう。
生み出された空気玉は術者を中心に海水を弾くので、空気玉の中に海水は入っていない事になる。ただし、お遊びで作ったアイテムなので、この気泡の中にある空気がどの程度の時間保つのかは不明瞭。
また、結界そのものは検証の結果、1時間と少し保つ事が保証されている。
余談だがこのアイテムを完成させるまでにクズ真珠4つと、3人を溺れさせる結果となってしまい後から滅茶苦茶怒られた。
成る程、とアロイスは首を縦に振る。
「では、女王魚を攻撃する時は一度この結界は破壊されるな」
「あ、まあ、そうなりますけど。大丈夫ですよ、真珠は4つもあります」
「では俺が2つそれを所持し、お前も着いてくるといい。それならば、俺がそれを起動させる必要は無くなる」
――唐突な無茶振り!!
メイヴィスは全くさらりと吐き出された言葉に戦慄すら覚えた。先程までの「アロイスさんと一緒!キャッキャうふふ」という気持ちが一瞬とは言え四散する程度に。
思わず真顔になったメイヴィスに対し、至極当然にアロイスは言葉を紡ぐ。
「何、大丈夫さ。魚如きなら一刀で仕留めてみせる」
「あの、私、足手まといになると思いますけど……」
そうだよ、と事の成り行きを見守っていたナターリアが援護射撃してきた。
「だから、私も行くねっ!私がメヴィの保護者!」
「ちょ、おーいおいおい!もっと強く危ないって言って、止めてよ!!」
なおも言い縋ろうとしたが、オーガストの大きな声に遮られる。声量が違うし、何で顔を付き合わせて喋っているのに腹から声を出して会話に入ってくるのか。理不尽さに怒りすら覚える。
「美しき友情ッ!これも夏の海の名産物だな!安心しろ、コゼット・ギルドは死人を極力出さないのがモットーッ!いざとなれば、私が泳いで君達全員を回収するとしようッ!!」
そんな事が本当に出来れば彼は人間とは言えないが、何故こうも自信満々なのだろうか。嘘八百を叫んでいる訳でも無さそうなのが少しばかり恐ろしい。本当にやってしまいそうで。
命が懸かったメイヴィスの叫びが却下された事を確認したのか、アロイスが海を指さす。
「では行こうか。このままでは海水浴客が減って、最終的には収益に影響を出しかねない」
「アロイスさんって、変な所がリアルだよねっ!でもっ、今は置き引きし放題だ!」
――あっ、駄目だ。これは危険。頭痛くなってきた……。