3話 戦いに興じる者

08.例の装置


 ***

 翡翠がだましだまし時間を稼いでいる頃、真白はようやく頂上裏という装置の隠し場所に到着していた。

「――えっ、このあからさまに怪しい装置を壊せばいいの?」

 周囲には討伐されたマレビトの残滓が漂っている。
 目の前には巨大な水晶玉が鎮座していた。占いなんかが出来そうな透明度の高い水晶玉に、金色の台座。サイズはかなり巨大。台座分も合せて、真白を縦に3.5人くらい並べた大きさと言えば大体のサイズ感が伝わるだろうか。
 そして、周囲に漂う輪力も桁外れだった。時折、水晶玉の内部が赤く揺らめくのだがその瞬間に湧き上がる輪力はかなり濃い。噎せ返りそうな程だ。水晶玉が赤く煌めいている時に輪力を吸い上げているのだろう。延々と補給をしている訳ではないようだ。

 いや、そもそもの問題として翡翠はこれを破壊しろと言っていた訳なのだが、幼気な女子供に対してこの巨大水晶玉を破壊しろと言うのは難しい話だ。彼はイキガミを何だと思っているのだろうか。いや多分出来るけども。

「よしっ! サクッと終わらせて翡翠と合流しないと」

 気合いを入れ、術を編む。こんな巨大な水晶玉、刀で叩こうものなら刃毀れは必至。どころか刀身がポッキリ折れてしまいかねない。

 邪魔が入らなかったので程なくして完成した術を、ボールでも投げるように放る。それは水晶玉に衝突したと同時に炸裂。周囲の輪力を巻き込んで大爆発した。
 ――もう一度言おう。大爆発した!

「ええええええ!? そんなつもり無かったんだけどおおおお!! そんなに盛大に爆発する事ってある!? いや無いでしょ!!」

 放った陽の属性を持つ術は予想外の地上花火と化し、地上を発生した白銀の光で一瞬だけ埋め尽くした。その眩い光を見て唐突に納得する。これ多分、水晶玉の周囲に漂っていた濃い輪力に引火したんだ。やっちまった。誰に謝るでもなく心中で謝罪する。主に月白へ向けて。創った山で盛大な花火してごめんね。

「謝罪はいいが、そろそろ翡翠が限界だぞ」
「わっ!?」

 不意に聞こえてきた聞き覚えのあり過ぎる声に分かりやすく肩が跳ねる。呆れ顔の月白が佇んでいた。彼女には翡翠の様子を見ていて貰っていたので、ここにいるはずはないのだが。
 疑問が伝わったのか、女神様は肩を竦める。

「其方の言いつけ通り、翡翠を見ておったが……。うむ、紫黒とは実力差がある。早々に漂っている輪力を吸収し、救援に向かわなければ奴が逃げ出してしまうぞ」
『まあ野垂れ死にされるより、危ない所で引いてくれた方が良いけども』

 うちの組織は全員命を大事にの方針を貫いて貰いたい。
 そう考えながら、手を翳して所在なさげに漂っていた力を吸収する。この水晶玉に含まれていた輪力だけで、件の巨大な結界を吸った時より満たされた。山から滅茶苦茶に輪力を汲み上げていたらしい。

「真白? 其方、何をしておる」
『いやさ、紫黒戦に乱入する前に術式作ってから行けば出会い頭にボコれるかもしれないと思って!』
「せこい」

 教えたばかりの言葉を駆使し、現状を一言で表して見せた月白は眉根を寄せている。意外にも方法に拘るというか、本当に卑怯な作戦をとろうという思考がないのが彼女らしいと言えばらしいが。
 そうこうしている内に中規模程度の術が完成した。あとは術者である真白自身の意思と判断で手を放すだけだ。

「よーし、乱入と同時に花火ブチ込んでやろーっと!」
「其方は、その、あれよな。色々としちゅえーしょんをぶち壊すのが好きよな」
「安全第一、生産第二! できる所まで効率化、それがモットーだからね」

 翡翠の元へ飛ぶべく、彼に持たせいた術の片割れを起動させる。恐らく彼の事なので、危険を察知して撤退している事だろう。そんなに離れていないだろうし、紫黒ともすぐ出会えそうだ。

 ***

 術を起動すると、すぐに景色が塗り変わった。

「遅くなってごめん! これは謝罪の気持ちです!!」
「ちょ……!!」

 翡翠の真横に着地した真白は、地に足が着いたと同時、少し離れた所に立っていた紫黒へ先程作った攻撃用の術を放った。被弾した瞬間、網膜を焼くような光が弾ける。流石に一撃で倒せたとは思わないが、仲間の状態を確認するのも忘れない。

「やあ、遅かったね……」

 目に見えて分かる程疲れ切っている翡翠は満身創痍だ。医者ではないので分からないが、見た目致命傷を受けている様子はない。擦り傷掠り傷でボロボロなのは確かだが。

「痛そうだね、それ。ところで、これ今どんな状況?」
「見ての通りさ。紫黒はピンピンしているだろうし、私もそろそろ疲れたな。そっちはどうだった? 件の装置は破壊出来たんだろう?」
「オッケー、完璧! あとは紫黒をどうにかするだけ」
「そうか……。これは私の素朴な疑問なのだがね、この死霊山にいるマレビトはどこへ行ったのだろうか。ずっと紫黒が一人きりで立ち回りしているのだが」
「装置の回りにはワラワラいたよ」
「そうだろうな」

 翡翠の気掛かりについてもっと聞きたかったが、光の収まった術の中から大したダメージを受けていない紫黒が復帰してきたのでそれどころではなくなってしまった。