4月

08.魔物討伐任務


 ところで、と不自然なところで言葉を切ったヴィオラは怪訝そうな目をエーデルトラウトに向けている。そういえば紹介がまだだった。
 それはトラウト本人もそう思ったのか、深く頷いて口を開く。

「エーデルトラウトだ。グレンから話は聞いている、よろしく」
「ええ、よろしく」
「グレン、とにかく俺達は受付で話を聞いてみよう。何か分かるだろ」
「それもそうだな」

 ヴィオラの件もあるが、それは事務専門の受付で聞けば解決するはずだ。背を向けていたカウンターと向き合う。

「すまない、今日の仕事を受領しに来た」
「伺っております」

 言うが早いか、受付嬢は封筒を3つ、カウンターに並べた。全て同じ色、同じ大きさだ。全て中身が同じなのではないかという錯覚に囚われる。一応、各々の名前が振られてはいる封筒を後ろ2人にも分け与えた。
 直ぐに中を改める。任務書が1枚。

 差出人はエーヴァルト。幹部の1人で、トラウトの直属上司だ。場所はセトレシア街の郊外なので、街の外だろう。内容はLv.6魔物の討伐で、いつもと変わり無い処理内容である。
 Lv.7が現状における魔物の強さの最たるレベルなので、むしろ今回の任務は若干温いと言って良い。ただし、看過出来ない出来事が一つ。

 自分とトラウト、Sクラス戦闘員2人の中に、何故かこの間戦闘員になったばかりのヴィオラの名前が混じっている事だ。
 ――クランツさんの指示か?
 一瞬、彼女の父であるクランツ・オルガンを思い浮かべたが、彼はヴィオラの上司ではない。いかに身内とはいえ、こんな組織図を無視した配置に並べる事は出来ないはずだ。
 差出人はエーヴァルト。彼は優秀な人物で、まさかFランク戦闘員を討伐に駆り出すような無茶、或いは間違いなど犯したりはしないはずだ。

 疑問に思っている事が伝わったのだろう。トラウトがボソッと呟く。

「エーヴァルトさんに確認して来ようか?」
「お前、急に言って会ってくれるのか? あの人は」
「優秀な部下がお気に入りなのさ」
「自分で言うな」

 問題無いらしい。悪戯っぽい笑みを浮かべたトラウトが、受付嬢に話し掛ける。

「悪い、エーヴァルトさんはどこにいるか知らないだろうか?」
「エーヴァルト様は外出中で御座います。お帰りは午後4時の予定となっておりますが、どう致しますか?」
「そうか……。いや、ならいい」

 まさかの外出中。ちら、と騒動の渦中にいるヴィオラの様子を伺うが何を考えているのか全く分からない。反論もしなければ、行くとも言わない、本人も決め倦ねているのだろうか。

「トラウト、今日の任務はLv.6処理だ。1人くらい使えなくても問題無いだろう」
「このまま連れて行くのか? 置いて行った方が賢明だと思うけどな。そうだ、ヴィオラ、お前はどうする? グレンはこう言っているが、討伐任務が良い方向へ進むとは限らないぞ」
「着いて行くよ。特にやる事も無いし」
「ええ……?」

 諦めて居残ると思っていたらしいトラウトがあからさまに困惑したような顔をした。ドロテーアがここで待機するようヴィオラに言っていた、という事前情報もある。ここで彼女を置いて行くのは命令違反で後々面倒な事になりそうだし、そう事が運ぶのならこのままで良いだろう。

 というか、そもそもヴィオラは魔物と戦った事があるのだろうか。クランツの娘だ、まさか全く戦えないのに戦闘員志願したとは思えないが、彼女が根っからの箱入り娘である可能性も一概には否定出来ない。
 貴族の端くれである以上、街から外へ出た事が無いかもしれないのだ。それだけが不安で、魔物を見た途端怯えられると正直面倒だなとも思う。

 ――しかしまあ、なるようになるか。
 本当に大丈夫か、とトラウトがヴィオラに念を押しているのを横目に、郊外まで行くのにどれくらい時間が掛かるのかについて計算を始めた。

 ***

 魔物避けの外壁、それらは急に増えた魔物から街を護る為に造られた。街の規模もまちまちなので、壁の豪華さがそのまま街の経済力に直結すると言ってもいい。
 そうして、隔絶された世界で魔物は更に凶悪化し、今に至る。この魔物達はどこから、どうやって湧いているのか。それが解明される日は果たして来るのか否か。謎は尽きないが、とにかく今日の任務を始めなければならない。

「Lv.6の魔物はAランク戦闘員複数名でやっと楽に倒せる程度の力を持つ。俺とトラウトはどうとでもなるが、お前は危ないと感じたら直ぐに下がってくれ」
「分かった」

 ヴィオラは素直に頷いているが、そもそも彼女は長・中・近距離のどこに立って戦うのだろうか。近距離だと、自分達もそれに合わせて振る舞う必要がある。離れていると、援護が間に合わないかもしれない。

「ヴィオラ、どこに立つ? 素手で殴るのか、中距離で道具を使用するのか、長距離で魔法を使用するのか」
「中・長距離で魔法」
「その方が俺達もフォローしやすい。あまり魔物には近付かないようにしてくれ」
「了解」

 新人が近距離だった時が一番ハラハラするのだが、彼女は対象に近付かない戦闘スタイルのようだ。
 そうだ、と不意にヴィオラが呟いた。

「どんな魔物なの? あの封筒の中身には、何も書かれていなかったみたいだけれど」
「分からない。外に陣取っているようだから、会えば分かるはずだ」
「え、雑だね」

 棘のある一言だったが、事実なので言い返せなかった。横でトラウトが肩を振るわせて笑いを噛み殺しているのが伺える。こいつはこいつで何がそんなに面白かったと言うのだろうか。