4月

01.双子侍女からの伝言


 青青と広がる草原、足首くらいまでの高さに生えそろった雑草が大自然の匂いを放出しているのがありありと分かる。太陽は燦々と照り付け、実に穏やかな午前の風景だった――

 ただし、目の前にある、よく分からない巨大生物の死骸を除けば。
 人のサイズを優に超えたその生物は、体格に見合った量の血液を流しながら横たわっている。人はこの危険生物の事を、魔物とそう呼んでいるし、その名は言い得て妙だと思う。

 グレン・マスカードは任務が終了した事を悟り、支給された制服に付着した埃を手で払った。砂埃のようなざらりとした感触が不快だ。

「今日の任務はこれで終わりか? まだ昼だな……」

 そう呟いたのは同僚のエーデルトラウトだ。グレンは同僚であり親友でもある彼の姿を視界に納める。
 彼は有翼族だ。茶色のつんつんした短髪。鳥の種族特有の肩口から腕に掛けて茶色の羽根が生えており、内側は白い。剥き出しのかぎ爪には靴の代わりにベルトが巻かれている。

 一通り隣人の観察を終えたグレンは、先程の問いに短い答えを寄越した。

「ああ、今日の任務は終了だ。午前業務だったと思えば良いだろう」
「そうは言うけどな。俺は帰ったってやる事が無いんだよ。街住みでもないから、買い出しにも行けやしない」
「引っ越せ。何故わざわざ本部から遠い場所に住むんだ」
「家が高いからだよ。《天秤》本部が出来てから、土地の値も上がったしな。まあ、金持ちには分からない話か」

 一般向け魔物駆除組織、《調律の天秤》。セトレシア街のど真ん中に本拠を構えている。主に一般またはギルドの手に負えない強い魔物の駆除を請け負う組織だ。グレンとエーデルトラウトは、組織の戦闘員である。
 ちなみに、この魔物の死骸は放っておけば毒性のあるガスを噴き出したりと、良い事が一つもないのでDランク以下の戦闘員が後で片付けをしに来る。

 それにしても、とエーデルトラウトが冷めた目で自分達が引いた真っ赤な血の絨毯を見下ろす。

「今日の仕事は数が多いだけの、雑魚狩りだったな。俺は暇だから良いが、お前は家の事とか忙しいんじゃないのか? 坊ちゃん」
「坊ちゃんは止めろ。別に、俺だっていつでも家でやる事がある訳じゃない」

 そうは言ったものの、帰宅しても良いのならば素直に帰宅したい。そもそも、《天秤》の一員として業務に励んでいるのは持ち前の技能を活かす為だ。それ以上でもそれ以下でもなく、魔物狩りが生業という訳でも無い。

「戻るぞ。俺が本部に任務終了報告をしておくが、お前はどうする? 帰るのか?」
「……ああ、そうだな。仕方ない、帰って昼寝でもするさ」
「そうか。なら、今日は解散だな」

 ***

 業務報告を終えたグレンはセトレシアの街並みを横目に、自宅へと帰還した。街の中にありながら、一際異彩を放つ邸宅。それこそがマスカード家のお屋敷である。
 5年前、突如起こった魔物の大量発生により貴族は急速に没落の一途を辿った。それは公爵家であるマスカード家も例外ではなく、それまでは街の外にも持っていた別荘は国の命令で街へ還元。今あるのはセトレシアの屋敷だけになってしまった。

 未来の事を考えると頭が痛くなってくるが、とにかくまずは制服を着替えようと玄関へ踏み入る。すぐに屋敷で働く侍女2人が顔を覗かせた。

「おかえりなさいませ、グレン様」
「あれ〜? 今日は、随分と早かったですね!」
「こら、メルヤ!」
「えっ? な、何……?」

 オルガとメルヤ――双子の侍女だ。オルガが姉で、メルヤが妹らしい。同時に生まれたのだから姉も妹も無いと思うのだが。
 一卵性の双子らしく、2人の顔はほぼ瓜二つだ。オルガの方がやや知的に見え、メルヤの方が幼く見える。とはいえ、『見える』だけなのでメルヤが真面目な顔をすればオルガに、そして逆もまた然りだ。顔で見分ける事は出来ない。
 なので、グレンが2人を見分ける時に見ているのは態度と髪型。オルガは金髪をポニーテールで冷静沈着な業務態度。メルヤは金髪をツインテールでそそっかしい空気。性格は真反対なので振る舞いを見ていれば見分けはつく。

「キースは?」

 そんな彼女等の上司、給仕長であり我が家の大黒柱たる父の執事でもある妙齢の男性だ。いつもならば姿を見掛けるのだが、何故か今日はいない。
 メルヤが首を横に振り、オルガが目を伏せた。

「えぇっと、確か1、2時間前くらいにお出掛けされましたよ。大事なお客様を迎えに行くと仰っていました!」
「そしてグレン様、旦那様が貴方様にお話があるとの事です。荷物をお預かり致しますので、そのまま客室へ向かって下さい。メルヤ、グレン様をお連れしなさい」
「分かった。俺の手荷物は部屋に置いておいてくれ」

 オルガに手荷物を預け、「こっちですよ!」、と踵を返すメルヤの後を追う。しかし次の瞬間、メルヤは何も無い所で何故か盛大に転んだ。

「きゃああああ!?」
「おい、何に躓いたんだ……?」
「すいません〜!」

 慌てて起き上がるメルヤを尻目に、荷物を預かったオルガが蒼白な顔を向けている。姉の心労が本当に心配だ。